topimage

2016-05

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

矢野芳香園(と丹平商会?) ツバメ香水 - 2016.05.21 Sat



お久しぶりですー!
またまた、ご無沙汰してしまいました。
今年は更新頻度を上げるぞ!と意気込んでいたのに、駄目ですねー……
休日に一日引き籠れるぐらいの時間が取れないと記事がまとめられない私、
最近はなかなか、そんな時間が取れずにいました。
今回取り上げるツバメ香水の発売元である矢野芳香園は、コレクターの間で名前が
知られている割には謎が多いんですよね。
たっぷり時間を掛けたかいあって!?矢野芳香園については色々な新事実が浮上してきました。
その新事実とやらに興味のある方がどれだけいるのやら、分かりませんが(笑)、
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。





THE・香水なデザイン!繊細で美しくて私はこういうの大好きです♪
全長は約6.5cmと、やや小振りなサイズ。
ツバメ香水なので、当然ながらツバメが描かれています。
ラベルには「parfum Goncentre」「ARONDE」「Poul le Mouchoir」とあります。
「Goncentre」は「Concentre」の事だと思いますが(この時代はスペルミスが多い)、
コンセントレは仏語で「濃縮」という意味で、現在でも香水にはよく使われる表現です。
謎なのは「ARONDE」と「Poul le Mouchoir」で、両方とも仏語だと思うのですが、
調べてみると「ARONDE」は仏人の人名としてアロンドと読む、という情報しかありません。
商品名はツバメ香水なのに、全然関係無い語を一番大きく表記するって、どうなの!?
それから「Poul le Mouchoir」ですが、直訳すると「ポールのハンカチ」という意味に……!!
ポールって誰やねん!フランスのハンカチ王子かよ!(古いネタですいません)
この時代の外国語表記はかなり適当だとは思っていましたが、これは酷いです(笑)
何かの暗喩なんじゃないかとも思いましたが違いますよね?仏語に詳しい方、ご教授ください。

訂正:「ARONDE」は古代フランス語で「ツバメ」を意味する語だと情報提供を頂きました!
今一度しっかり調べてみると、11〜12世紀頃まではツバメを意味する語だったそうで……。
ちゃんとした表記だったのですね!矢野芳香園ごめんなさい!
「Poul le Mouchoir」についても、「pour le」で「〜のために」という意味があるそうで、
「Mouchoir」と合わせると「ハンカチのために」となるようです!ポールじゃなかった(笑)
ハンカチに垂らして香らせる方法はこの当時の一般的な香水の使い方ですし、香水ビンのラベル
に表記される言葉として違和感ないものだと思います!
重要なことだと思いましたので、早々に訂正させて頂きました。
情報提供ありがとうございます!



背面にはシンプルに「ツバメ香水」と表記されたラベルがあります。
表に商品名の記載が全く無いワケですから、これは必要に迫られて付けた感アリアリですね(笑)



この香水ビンで一番気に入っているのは、実はこのガラス栓かもしれません。
私はこのタイプのガラス栓を、勝手に「ドアノブ型」と呼んでいます!

それにしても、矢野芳香園、情報がない!ないない!こんなに無いとは思いませんでした。
矢野芳香園と言えば、ツバメ香水の他にも「大学白粉」とか「美乳」とか、
コレクターならば大抵見聞きするようなメジャーな製品を沢山遺しているんですよね。
だから企業情報も結構残ってるのではと思っていたのですが、全然そんな事ありませんでした。
昔の企業のことを調べるのはやっぱり難しい、ということを今更ながら痛感してます。

定説では、1909年に矢野順藏が大阪で設立、同時に大学白粉発売……となっていますよね?
私もそれを信じこんでいて、1909年から商報を調べ始めたのですが、どうもおかしいのです。
まず、1909年1月の商報です。
矢野芳香園は1月1日発行の商報に、正月を祝う広告を出しているんです。
1月1日発行の商報に広告を載せるには、少なくとも1908年の末には紙面のスペースを確保して、
広告のデザインを確定しなければなりません。
それができるということは、矢野芳香園は1909年以前から存在しているということになります。
それから、決定的だったのは1912年3月のツバメ洗粉と金燕歯磨の発売広告です。
広告には「本舗始めてツバメ歯磨を公にしてよりここに満10年」
「ツバメ歯磨発売10周年記念」とあります。
ここで私は「えー!」と思わず声が出てしまいました(笑)
1912年の10年前は、単純に考えて1902年です。
これが「矢野芳香園設立と同時にツバメ歯磨を発売して満10年が経ちました」という意味の
文章だと解釈すると、1902年が矢野芳香園の設立年と考えられます。
定説の1909年と比べ、7年ものズレがあるということになるのです……
こりゃ一体どういうことでしょう。

となると、1909年から更に遡れば矢野芳香園のことがもっと分かるかもしれません。
ほんの少し面倒くさいですが(笑)地道に遡っていくことに……
すると、大学白粉の発売時期と発売元についても、新事実が発覚しました。

大学白粉といえば、矢野芳香園が設立と同時に発売した看板商品のイメージがありますが、
それもどうやら違うようなのです。
大学白粉の広告が初めて商報に登場するのは1907年7月になります。
発売記事掲載もこの頃ですので発売は1907年7月とみて、ほぼ間違いないと思います。
注目すべきは発売元の記述で、矢野芳香園ではなく、「大学白粉製煉所」とあります。
同じ年月日の商報に、矢野芳香園はツバメ歯磨の広告を出していますが、大学白粉との
関連を思わせるような記述は何もありません。
それ以降も、矢野芳香園と大学白粉製煉所、双方とも頻繁に広告を出していますが、
関連性を思わせるようなものは一切ありませんでした。
これは1908年1月の大学白粉の広告です。



商品名の書かれた黒板を指し示す、教授らしき人がイケメンです。手がでかい。
「大学白粉製煉所」の記述があります。

それが、1908年7月、いきなり大学白粉の発売元が矢野芳香園に変わります。
そして8月には特別製大学白粉なるものを発売しています。
この特別製は、矢野芳香園と合併?吸収?後のリニューアル商品だと思いますが、
中身は既製品と殆ど変わりなかったのでは……(笑)
この時まで、矢野芳香園はツバメ歯磨のみを自社製品として販売していたと思われます。
合併?吸収?の経緯については全くの想像ですが、歯磨粉だけでなく化粧品事業に
手を出したい矢野芳香園と、東京だけでなく大阪にも販路を広げたい大学白粉製煉所、
双方の利害が一致した結果ではないでしょうか。
(博士にこの件についてお伺いしたところ、「乗っ取り」の可能性もあるとのことでした。
矢野芳香園が大学白粉という人気商品を自社商品とするため、あまり穏やかでない方法を
とった可能性もあるとのこと)

本当なら、矢野芳香園が設立したと思われる1902年まで遡って調べたいのですが、
1897~1906年5月までの期間の商報は公表されていないので、1906年の6月までしか
調べられなかったのが心残りです。
東大の画像アーカイブスも画像のリンク切れで使えなくなってしまっているんですよね~
早く復旧して欲しいのですが……

今回新しく分かったことが多かったので、時系列の整理のため、年表を作成してみました。

1902年3月 矢野順藏が大阪で矢野芳香園を設立。同時にツバメ歯磨を発売。
1907年7月 大学白粉が発売される。発売元は大学白粉製煉所。
1908年7月 矢野芳香園が大学白粉の発売元となる。
1908年8月 特別製大学白粉を発売。
1911年3月 初めてツバメ香水の広告が現れる。発売もこの頃か。
1912年3月 10周年を記念してツバメ洗粉と金燕歯磨を発売。
1916年?月 矢野芳香園が「大学白粉」、丹平商会が「ツバメ化粧品」の専業になる。

1916年の「丹平商会がツバメ化粧品の専業になる」に関しては、詳しいことは
一切分かりませんでしたが、NCMでは書かれていることなので年表に入れておきます。
最近手にした絵葉書を見る限り、丹平商会がツバメ化粧品を扱っていたことは確かなようです。



桜だから、春に発行された絵葉書かな?
左下の桜の中に「品質優良 ツバメ香水 ツバメ歯磨 ツバメ洗粉 丹平商会」とあります。

ところで、肝心のツバメ香水です!
ハッキリとした発売広告があったワケではありませんが、1911年頃から広告が
よく見られるようになるので、発売もその頃かな?と思います。曖昧ですいません(汗)
1913年の小間物化粧品名鑑によれば、大瓶、中瓶、小瓶、大豆、小豆と、
豊富な容量展開がされていたようです。
私の持っている物は比較的小振りなので、小瓶か大豆かなと思います。
ここで広告の一つをご紹介します。1913年の広告です。
ツバメ香水だけあって「飛ぶように売れる」ことをアピールしております(笑)



1915年までの広告のビンは全てこのデザインですし、私の持っている物も同様です。
でもボトルソウドウさんの持っているツバメ香水は扇型のガラス栓なのですよね!
何種類かタイプがあるのかもしれません。ボトルソウドウさんのツバメ香水はコチラです。
背面に三越のラベルがあるので、三越百貨店に置くために作られた特別バージョンでしょうか。
このツバメ香水の他にも、百貨店とのコラボ商品は幾つか見たことがあります。
もう一つの可能性は、丹平商会がツバメ化粧品の専業になってからのデザインの変更です。
1916〜1925年の期間の商報も、閲覧不可なためそれを確認できないのが残念です。

ツバメ香水がいつまで販売されていたかですが、閲覧可能な1926年以降の商報では、
情報は見当たらないため、1916〜1925年の期間に販売を終了した可能性が高いと思います。
矢野芳香園に関しても同様なので、1916〜1925年の間に倒産してしまったのかも?

1916年の丹平商会へのツバメ化粧品の移動?が気に掛かります。
どうして丹平商会がツバメ化粧品の専業になるのかが分かりません。
その頃の丹平商会には、健脳丸や今治水などの看板商品が既にありましたでしょうし……
専業というよりかは、「矢野芳香園からツバメ化粧品の権利を買い取った」と表現したほうが、
実際に近いのではないかと思います。
経営の苦しくなった矢野芳香園がツバメ化粧品の権利を丹平商会に買ってくれるよう頼み、
同郷の丹平商会は矢野芳香園を助けるつもりで引き受けた?
それとも、ツバメ化粧品を丹平商会が「乗っ取った」ことで経営が苦しくなり倒産した?
真実は分かりません。
同じ大阪を拠点とした企業で、化粧品業と薬品業という似通った業界ですから、
接点が無かったワケでは無いと思います。
丹平製薬に問い合わせてみれば、そのあたりの経緯が分かるのかもしれませんが、
流石にその勇気は無いので、迷宮入りです(笑)

スポンサーサイト

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

黒猫チャック

Author:黒猫チャック
香水瓶収集からはじまり、日本の化粧品デザインに辿り着きました。特にビンが大好き!ラベルが残ってたら最高です。
インスタグラム始めました。
ID:KURONEKO0118

アナログ時計(黒)

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (1)
化粧水ビン (17)
香水ビン (29)
白粉ビン (11)
本 (2)
クリームビン (7)
白粉紙箱 (2)
生理用品 (1)
その他 (12)
香油ビン (1)
インクビン (1)
薬ビン (5)
白髪染めビン (1)
缶 (2)
ポマードビン (1)
玩具 (1)
乳液ビン (1)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。