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2017-04

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株式会社ダイナー本舗 薬用ダイナークリーム - 2017.02.04 Sat



優勝カップ型の化粧品のビンといえば、これですよね!
株式会社ダイナー本舗の薬用ダイナークリームです。

日本のビンや化粧品のコレクターであるなら、一度は見たことがあると思います。
印象に残る奇抜なデザイン、人気がありますよね。
知名度の高さの割に、詳細が不明な化粧品の1つと言えるのではないでしょうか。

これは調べたら面白いぞ!と本腰入れて調べ始めたのが、確か去年の6月頃のこと。
ネットでは全く情報無し、東京大学画像アーカイブスはリンク切れを起こしたままですし、
化粧品商報から地道に情報を収集していきました。
その途中、色々寄り道をしてしまった為に暫くダイナーのことは放置。
しかし最近、久々に資料に目を通してみると結構書けることがあることに気付きました!
という訳で、興味のある方はお付き合いください。





箱の高さは約8cm、ビンの高さは蓋のツマミを入れて約7.5cmです。

追記:これはガラスの色が完全な黒ですが、取手に丸い穴のある初期型ビンに関しては
濃いコバルトブルーであるという情報があります。(初期型ビンの詳細は後述)
ダイナーはガラスの色に関しても年代の判断材料になるかもしれません。



底にはっきり「ダイナー」とエンボスがあります!



写真は色褪せ気味ですが…箱は鮮やかな橙色にブルーの帯がデザインされています。



内蓋には徳用瓶が載っています。
徳用瓶は流石に優勝カップ型ではないようです(笑)
「約三ヶ月以上の使用量」とあります。



箱の底を見てみると、95銭という価格とマル公マークが記載されています。
箱やビンのデザイン、価格から、これは1940年8月14日月以降に発売された
製品なのではと推測できます。(デザイン、価格の変遷は後述します)



説明書があるので読んでみました。
リパーゼとトリプターゼが配合されていることをウリにしているようです。
脂肪分解作用を持つリパーゼは脂性ニキビに、メラニンを分解する作用のある
トリプターゼは色黒に効く、と謳われています。
調べてみたところ、リパーゼは確かに脂肪分解作用があるようですが、
トリプターゼは、光老化を促進する悪者というのが現在の一般的な解釈のようです。
本当にトリプターゼが入っていたとしたら……当時の愛用者の肌がちょっと心配!



成分表?のようなものもありました。
こうやって表にされると、なんだかよく分からないけど化学的でかっこいい!
効きそう!と思ってしまいますね(笑)


ダイナー本舗は、1935年7月27日、京橋区築地で飯島歳雄氏により設立されました。
そして1935年11月1日に、ニキビ、ソバカス、美白、若返りに効果のある
薬用ダイナークリームを80銭で発売、派手な宣伝のかいもあり好調なスタートを切ります。

創立者の飯島歳雄氏は1889年長野県飯田町生まれ。
ダイナー創立前はアモンパパヤの支配人を務めていた人物です。
業界で鍛えた経営手腕で順調に業績を挙げ、1935年12月23日には事務所を移転、
店舗を拡大しました。更にその2日後の25日には組織を株式会社とし、
名称を「株式会社ダイナー美粧料本舗」と改め、社長には小田美穂氏が就任します。
飯島氏が社長になると思いきや?違うんですね〜。
ここでいきなり登場する小田美穂氏ですが、元々この人物は医学博士で、
ダイナーを研究開発したご本人です。
小田氏が社長なら、飯島氏は?と思ったら、支配人になっています。
アモンパパヤの時も支配人ですから、この人物は支配人という役職が好きなようです。
社長と支配人って、どちらの権限が強いんでしょうか?
力関係がいまいち分かりませんが、広告に出てくるのは小田氏の名前ばかりですので、
外面的には小田氏の影響力のほうが強そうです。
飯田氏はあくまでマネージャーのような存在だったのかもしれません。

1936年4月1日には1円50銭の「薬用ダイナークリーム徳用瓶」、
1937年3月18日には3円の「ダイナー麗美」(なんとラジウム入りクリーム!)、
1938年1月には50銭の「ダイナーミックス」(これまたラジウム入りの化粧水!)と、
毎年のように新製品を発表していきます。
戦争の影が色濃くなると、原料の高騰を理由にした値上げが2回ありますが、
趣向を凝らした広告からは会社の活気が見てとれます。1942年には、
ダイナーミックスの製造のため、工場を増設するという記事も見受けられますので、
概ね良好な経営状態だったのではないでしょうか。
1943年〜1945年3月の商報は公開されておらず(3月10日以降は東京大空襲により休刊)
この間の動向を知ることはできません。
ただし、1943年1月発行の化粧品年鑑は閲覧できるのでチェックしてみると、
ダイナーの広告が確認できます。

戦後のダイナーは、工場が焼け残ったため、早々と営業を再開しました。
1945年11月15日に復刊した日本粧業(1944年に商報の名称変更)では、
化粧品会社の空襲被害や人物の安否を報じていますが、ダイナーについて
「小田美穂氏は私邸も工場も無事」「倉庫が助かったのだから鬼に金棒である」
「香料を焼かれなかったのは何よりの強味」と楽観的に評価しています。
戦後すぐの日本粧業でダイナーは盛んに広告を出しているので、
戦争によるダメージは少なかったのは確かなようです。
この頃のダイナーの広告を見ると、ダイナークリーム、ダイナーミックス、
ダイナー麗美など看板商品はもちろん、香油や口紅まで取り扱っています。
物資不足で作れば売れる時代、勢いに乗って新製品を次々作り出したのでしょうか。
戦前の広告には見られなかったダイナーミートという乳液も広告に載っています。

1947年11月、ダイナーの医薬品化粧品の販売会社として「ダイナー商事株式会社」
が設立されます。小会社みたいなもの?
1948年1月には新製品ダイナー・パイル(ポマード)を発売。
この頃から、ダイナー麗美がダイナークリームを超える人気商品となり、
広告でもダイナー麗美の文字を多く見るようになります。
その年の12月、ダイナーは突然、会社を「発展的に解消」し、
新たに「大南興業株式会社」を設立しました。
化粧品事業はそのまま引き継ぐものの、経営体制は一新されたようです。
「社長である小田美穂氏の独裁から合理的体制に転換」とあり、常務取締役、取締役、
営業部長などという役職が新たに追加されています。
大南興業株式会社に組織変更後は、ダイナークリームを新製品として
宣伝する広告が見受けられますが、1949年4月の広告を最後に情報は途絶えました。
業績が悪かったようには見受けられないので、業界を鞍替えしたのかな?
なんて思いますが、本当のところは分かりません。

ところで、ダイナーという独特な商品名については結局何も分かりませんでしたが、
もしかして「ダイナー=大南(だいなん)」なんでしょうか?
まぁ、例えそうだとしても、何故「大南」なのかは謎のままなのですが……(笑)


ここからはビンの変遷を辿っていきます。



発売当初、1935年11月の広告に載っている写真です。足が長いですね!
取手部分に丸い穴が空いていて、蓋の縁には花柄の装飾(シール?)、ツマミは丸いです。
更に箱には化学式ではなく五線譜がデザインされており、私の持つものとは明らかに違います。
このタイプではガラスが濃いコバルトブルーをしているとの情報もあり、
それも初期型の特徴かもしれません。
この時のほうがハッピーなデザインですね〜実物が見てみたいです。



1937年7月の広告に載っているイラストです。
これが実際のデザインに忠実に描かれているとすれば、かなり私の持つものに似ています。
ただし、広告に記載された価格は80銭なので、時期が違います。



1938年7月の広告に載っている外箱の写真です。
この箱の形状から察するに、中にあるのはごく一般的な形のクリームビンだと思われます。
当時、優勝カップ型とクリームビン型の二種類があったということが分かります。



1940年11月の広告に載っている写真です。
表記されている価格は95銭です。
初期型に比べ、ポッテリとしていて私が持っているものと殆ど変わりないように見えます。
価格が90銭から95銭に改訂された1940年8月14日以降に発売された物なのは
間違いないと思われます。(80銭から90銭に値上げされたのは1938年4月1日)
初期に比べてこれだけ形が変わると、容量も変わっているのでは?と思うのが
当然ですが、ダイナークリームの広告や記事には容量の表記が一切無く、
その疑問を確かめる術はありませんでした。



1943年1月の化粧品年鑑の広告に載っている写真です。
一般的なクリームビン型ですね。
優勝カップ型がこの頃にも製造されていたかどうかは分かりません。
ビンの規格単純化が進められた時代なので、このデザインに一本化した可能性は大いにあります。
時代の空気の中で、あの独特なビン型を保ち続けるというのは現実的に難しい気がします。

情報の整理のため、年表にします。

1935年7月27日 飯島歳雄氏がダイナーを設立
1935年11月1日 薬用ダイナークリーム(定価80銭)を発売
1935年12月25日 株式会社ダイナー美粧料本舗を組織する(社長:小田美穂)
1936年4月1日 薬用ダイナークリーム徳用瓶(定価1円50銭)を発売
1937年3月18日 ダイナー麗美(定価3円)を発売
1938年1月?日 ダイナーミックス(定価50銭)を発売
1938年4月1日 ダイナークリームが80銭から90銭に値上げ
1940年8月14日 ダイナークリームが90銭から95銭に値上げ
1945年3月10日 東京大空襲。罹災は免れる。
1945年11月?日 香油と口紅を発売?(詳細不明)
1947年11月?日 ダイナー商事株式会社が設立
1948年1月?日 ダイナー・パイル(定価60円)を発売
1948年11月?日 組織変更し大南興業株式会社を設立
1949年1月?日 ダイナークリームを新製品として発売?(詳細不明)

大体の年代の特定が出来る程度には調べがついたので嬉しいのですが、
戦後のダイナークリームがどんな形のビンだったのか?
大南興業株式会社がその後どうなったのか?
気になる事はまだまだ沢山です。

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太陽製薬 强アネホルモンA - 2016.01.24 Sun



本年最初のマジな記事を書きます。
太陽製薬の强アネホルモンAです。
今回はなんとローションとクリームのセットでご紹介です!(TV通販風の口調で)
主役はクリームですが、ついでにローションも一緒に取り上げちゃいます。



箱付き説明書付きの完品です!
ビンの蓋を含めた全長は5.5cmほど、横幅は6cmほどです。



黒と白とゴールドの高級感あるデザインです。
storong A!



ビンの形がすごく良いんです!オシャレです!
真っ白な綺麗なガラスです。

これはオークションでお安かったものを落札しました。
このオシャレなビンの形が落札の決め手だったのですが、実際に届いて蓋を見てみたら、
何とも素敵な意匠で感激いたしました。



それがこれです。
この蓋を見てお気に入り度は一気に急上昇です!
資生堂ドルックスの唐草模様に似ているような?似てないような?
アメーバのような得体の知れない模様が何とも言えません(笑)



底を見ると綺麗な六角形をしています。
30gの中に120,000単位の女性ホルモンが含有されているようです。
これってやっぱりすごいの?私にはよく分かりません。



ちなみにこれは説明書です。
女性ホルモンのことを「美の魔術師」と呼び、持ち上げまくっています(笑)



説明書の一部を抜粋してみました。
効能もここまでくると、化粧品の枠組みを超えていますね。
女性の悩みがこれ一つで解決してしまいそうです。

発売元の太陽製薬は1938年に、中山太陽堂が東京に興した製薬会社です。
初代社長は中山太一さんの弟の中山豊三さん。
豊三さんは中山太陽堂の副社長だけでなく、プラトン社の社主も勤めた大物です!
HPによれば、現会長は豊三さんのご長男である中山進一さん(1947年に社長就任)、
現社長は中山啓二さん(進一さんの息子さん?2012年に社長就任)とのことで、
中山家のDNAは脈々と受け継がれているんだなぁ~とシミジミしました。
同時代に黄金期を築いた平尾賛平商店の末期とは全く対照的で、何だか感慨深いです。
ちなみに太陽製薬には、姉妹会社として2010年設立の太陽製薬ヘルスケアがあります。

当時の広告では、日本唯一の女性ホルモン製造会社であることが大々的に宣伝されています。
中山太陽堂のクラブホルモンクリームで培った技術を、更に進展させたのだと思われます。
結構、力が入っていたように見えるホルモン製品なのに、会社HPの沿革では
アネホルモンについて全く触れられていないのはどうしてなんでしょうね?
現在は取り扱いのない商品だからでしょうか?
看板商品であるマルベリーヘアトニックは1939年に発売され、
現在も販売されている超ロングセラー商品らしく、全面に押し出されていますね。

というワケで、手っ取り早くアネホルモンについて分かるような資料は無さそうです。
日本粧業の商報を地道に見ていくことにしました。
そして、見つけました!
1950年の10月にアネホルモンAのクリームが発売されたことを報じる記事があったのです。
最初私は、これが私の持っているアネホルモンの発売記事に違いないと思っていました。
それがとんだ間違いでした。
その後も商報を調べていると、1952年の7月に「强」アネホルモンAの発売広告を見つけ、
私はその時初めて「アネホルモンA」と「强アネホルモンA」は別物だと気付いたのです!
思い込みとは恐ろしいものです!
で、私の持っているアネホルモンAは「强」が付いているので、1952年の発売で
ほぼ間違いないのではないでしょうか。
取り敢えずは発売年が特定できたことに安堵しながら、更に商報を読み進めてみると、
なんと、1950年4月には「アネホルモンL」と「アネホルモンF」の広告が!
ここまでくると、もう何がなんだか分かりません(笑)
どうやら、太陽製薬には「アネホルモン薬粧品」(薬粧品=薬用化粧品の略?)
というホルモン配合化粧品専門の化粧品ブランドがあったようなんですね。
もしかして、他にも「アネホルモンZ」とか「アネホルモンR」とかあるのかも?
気になります!

ネットで検索すると、アネホルモンAと强アネホルモンAの広告を見ることができます。
両者に載っている製品イラスト?写真?を見比べてみると、その違いは一目瞭然です。
アネホルモンAは平たい容器だったようです。




続いては、液状强アネホルモンAについてです。
半透明の黒いビンにたっぷりと入っています。多分未使用です。
全長は9.4cm、横幅は5.5cmほどです。



これは1953年4月の発売広告です。
含有する女性ホルモンの量はなんと、クリームの倍に相当する25万国際単位です!
コレすごく多く思えるんですが、ホルモンの過剰摂取による弊害とかは無かったんでしょうか?
そういうこともあって太陽製薬さんでは取り上げられていないのか?
この件に関してはあんまり深く掘り下げないことにします(笑)





「一回数千単位のホルモンが吸収され、美容効果は注射に相当します」って……
恐るべきアネホルモン!



側面には更に
「女性ホルモン高単位のため、未成年の男子の方はお使いにならないで下さい。」
との注意書きが!
使ったらどうなってしまうんでしょう!



このビンもなかなか面白い形をしています。
底を見るとこんな感じです。

中山太陽堂 クラブホルモンクリーム - 2015.05.15 Fri



ポッテリ可愛い!
皆さんお馴染み、中山太陽堂のクラブホルモンクリームです。

見てお分かりだと思いますが、これは結構新しい物です。
60年代~70年代くらいの物でしょうか。
発売から80年間、ほぼ同じデザインのパッケージで売られている、
オドロキの商品です!





ポッテリという言葉が本当にお似合いな形です!



この蓋も個性的ですよね〜
エンボスはバラを象っています。

企業ホームページの沿革を見ると、「クラブホルモンクリーム」の記述はありません。
1935年に「ホルモン配合の美身クリーム発売」との記述があり、
これがクラブホルモンクリームの事だと思われます。
発売当時はホルモンクリームという名称ではなかったのでしょうか。
ちょっとした疑問です。



中に入っている説明書には、こんなナイスなお姉さんが描かれています。
ファッションも、化粧の仕方も、イラストのタッチにも、時代を感じますね~
モデルの女優さんでもいるのかな?どこかで見たことある顔です。
それが分かれば、もっとハッキリした年代が分かりそうなんですけどね!



ちなみに、これはあまり知られていないことかもしれませんが、
この特徴的なパッケージにそっくりな物がイギリスにも存在しています。
左はイギリスの老舗化粧品会社、ヤードレーの化粧品のパッケージです。
(「輝きはじめた女たちー20世紀の化粧と旅ー」ポーラ文化研究所著より引用)
うーん、そっくりですね!
ただ、1カ所だけ大きな違いがあります。
ヤードレーは蓋のエンボスがバラではなく、英国王室御用達を示す蜂なんです。
この資料だとちょっと分かりにくいですが、結構リアルな蜂なんですよね〜(汗)
バラのほうがロマンチックで可愛いと思います。

さて、今晩はタモリ倶楽部にびん博士が出るぞ!
起きているのは辛いので、しっかり録画予約して寝よう!


追記:ビン底の写真を追加します!



500円玉サイズくらいの円形の凹みがあって、その円の内側の端部分に、
「2」のエンボス、円の中心部分には「V」っぽいエンボスがあります。
中心部分に関しては、思いっきりラベルが被ってしまっているので、凹みで推測しています(汗)

平尾賛平商店 レートクレーム - 2014.11.12 Wed



これはもう、ビン好きの方々に説明は不要ですよね?
平尾賛平商店のレートクレーム。
ネット検索すると製造終了している古い化粧品の中では一番なのでは?
と思うくらいのヒット数です。
ネット上でもとことん語り尽くされた感のあるレートクレームですが、
意外と完品の情報が少ないので、敢えて取り上げます!
豆ビン(ビン底直径3cm×高さ2.5cm)、中ビン(5cm×5cm)、大ビン(8cm×6cm)
の三つを持っているので、なんとなく重ねてみました。
左に立っているのは私……ではなく、メンフクロウのメン子さんです。
大ビンのどっしり感と豆ビンの豆感が伝わるように置いてみたのですが、いまいちですね。
メン子さんは大体ライターくらいのサイズです。





二枚目の画像は大ビンのラベル、三枚目の画像は上から豆ビン、中ビンのラベルです。
豆ビン中ビンはラベルが二枚ですが、大ビンだけは、四枚のラベルが貼ってあります。
最初、単純に大きいから四枚ラベルがあるのかな?と思ったのですが、
四枚タイプは二枚タイプにデザイン変更される前の、古いもののようです。
(nanairo-9様のぬくもり小壜の博物館という素敵なブログで教えて頂きました。
ありがとうございました。)
豆ビン中ビンより渋めのデザインで、星のようなモチーフがあります。夜のイメージかな?
戦前の時代のビンには外国語の併記が多く見られますが、その多くは英語です。
レート化粧料のシリーズは、フランス語なんですよね〜
wikiによると、日本で初めて化粧品にフランス語を使ったのはこのレート化粧料の
シリーズなんだそうで、「レート」はフランス語で「乳」を意味するとか。
牛乳の有効成分を応用した化粧品だったために、このようなネーミングになったそうです。



蓋も比べてみましょう。
ラベルだけを見ると豆ビン中ビンに共通性が見られますが、丸みのないビンの形と
蓋のデザインだけで見ると、豆ビンと大ビンにも共通性が見られます。
ビンに丸みのある中ビンは、蓋にも丸みがあってデザインがシンプルです。









こちらは、中瓶が入っていた箱。
底以外の五面に商品名がでかでかと印刷されていて、流石に少しシツコイ気がしますが(笑)
優雅で堂々としたデザインはとても素敵です。
中蓋には、レートメリーとレート水白粉の広告があります。
レートメリーは今もよく目にしますし、持ってもいるのですが、この広告の水白粉のビンは、
なかなか見かけないんですよね~欲しいなぁ~
箱の底と上蓋は、平尾賛平商店のトレードマーク、三羽のオウムが印刷されたシールで
封印がなされています。どうして三羽のオウムなのか、由来は失念してしまいました(汗)
この時代にはセロハンテープというものが一般に普及していませんから、
シールひとつとってみてもオリジナリティがあるのですよね。
(セロハンテープの発明は1930年で、日本では軍用機の塗装の際にマスキングテープとして
使われていました。本格的にセロハンテープが普及したのは戦後になってからです。)

平尾賛平商店は1954年に倒産してしまいましたが、製品パッケージは時代を越えて私達を
楽しませてくれていますね!

ウテナ バニシングクリーム - 2014.06.08 Sun



ウテナのバニシングクリームです!
白と黒の二種類あります。
過度な装飾のない、落ち着きある立ち姿です。

ウテナ株式会社は、1927年創業以来、現在に至るまで化粧品会社として続いてきました。
会社HPを見てみると、バニシングクリームの発売は1928年とあります。

utena-cream2.jpg

白い瓶は、蓋は金属製。
白に赤いラベルが映えます。
いかにもアールデコなデザインがツボ。

utena-cream3.jpg

黒い瓶は、蓋がベークライト製(多分)で、ラベルのデザインも地味めです。
光に透かすとこんな感じ。
美味しそうな飴色です〜

白い瓶は戦前の豊かだった時代の物、黒い瓶は戦中戦後の
苦しく貧しい時代の物かなーと、勝手に思っている私。
物資不足に苦しめられた当時のガラス製品はクズガラスを寄せ集めて
作ったために黒っぽい色をしていた、というお話を聞いたことがあります。

この2つを並べて、当時の事を思うと、なんだかセンチメンタルな気持ちに。

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プロフィール

黒猫チャック

Author:黒猫チャック
香水瓶収集からはじまり、日本の化粧品デザインに辿り着きました。特にビンが大好き!ラベルが残ってたら最高です。
インスタグラム始めました。
ID:KURONEKO0118

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