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2017-04

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リバストン化学 香水ビン色々 - 2017.03.12 Sun

riverstone-secound1.jpg

並べて楽しい、眺めて楽しい!
リバストン化学の香水ビン色々です。

昔に取り上げた事のあるリバストン化学の香水ビンですが(前回記事はこちら→
あれからレパートリーが増えたことに加え、今回はリバストン化学の石川惠一さんに
少しだけお話を伺うことができましたので、記事にしてまとめることにしました。
私の不躾なお願いにも快く応じて下さった石川さんには、改めて御礼申し上げます。

さて、王冠型の香水ビンといえば?
欧米では「プリンス・マチャベリ」ですが、日本では「リバストン化学」でしょう。
(私が勝手に決めました)
カラフルで楽しい形の多いミニ香水は後々ご紹介するとして、
まずは知っている方も多いと思われる王冠型の香水ビンをご紹介したいと思います。

riverstone-secound2.jpg

透明なガラスに金彩の施されたデザイン!ガラスも厚くて高級感があり、とても綺麗です。
この王冠型の香水ビンは見掛けることは多いものの、基本的に栓が無いんですよね。
「元々栓の無い香水ビンだったのでは?」なんて思ってしまうくらいでしたが、
この度は目出度く、栓のあるビンを手にすることができました。

riverstone-secound3.jpg

ガラス栓は小さいですが、丁寧な十字の飾りが施されています。
全長は約2.3cmです。
小さく軽いので、ポロッと抜けてしまっても気付かないかもしれません。
栓が無いビンが多いのはそのせいでしょうか!?

riverstone-secound4.jpg

底を見てみましょう。
エンボスは無く、ツルッとしています。

riverstone-secound5.jpg

ちなみに、栓が無いビンはなんと3つにまで増えてしまいました。
見つけるとついつい連れ帰ってしまう魅力があります。

リバストン化学の石川さんによると、これは約70年前に作られた物だそうです。
70年前というと、戦後しばらくの頃でしょうか。
石川さんは二代目で、これは先代の時代の物の為、詳細は不明とのことでした。
現在でも石川さんと交流のある当時のガラス瓶製造業者の方によれば、
このビンについて経緯は覚えていないものの、作ったことは確かだそうです。

ところで、この香水ビンは海外製と勘違いされてしまうことが多いビンです。
特に前述したプリンス・マチャベリと勘違いされる事が多いようなので、
需要があるか分かりませんが、見分ける際のポイントを適当にまとめてみました!

riverstone-secound12.jpg

左がリバストン香水、右がプリンス・マチャベリです。 ※画像は海外サイトより引用

着彩の有無/リバストンには金彩部分に鋲のような丸い装飾があり、ペイントが施されています。
      マチャベリにも同じように装飾がありますが、ペイントはありません。

十字の有無/リバストンはキャップだけでなく、本体部分にも十字の飾りがあります。
      マチャベリにはキャップ以外の場所に十字はありません。

ガラスの色/リバストンは透明と赤のみです。
      マチャベリは透明と赤に加え、グリーンやブルーなどのバリエーションがあります。
        
riverstone-secound6.jpg

続いては、何とも可愛いミニ香水ビン!
カラフルで、形も面白いものばかりです。
全長はスクリューキャップも含めて3.5〜4.5cmほど。
キャップには十字の飾りの付いたものと、クローバー型の飾りの付いたものがあります。
クローバー型のキャップにはチェーンが付いていた?と思われるリングが残されています。
おそらくキーホルダーとして販売されていたのではないでしょうか。

riverstone-secound7.jpg

私の持っている物を並べてみました。
違いがペイントの有無だけの物は省いています。

riverstone-secound11.jpg

ペイントの有無とは、こういう事です。
左は手塗りと思われるペイントが施されたもの、右はエンボスのみです。
ちょっと分かりにくいかも?
石川さんから頂いたリストによれば、ペイントの有無も含めて40種類あるようです。
全部集めるのは大変そうですね!

riverstone-secound10.jpg

このシリーズには基本的にラベルは付いておりませんが、底にはラベルがあります。
「輸入原料 リバストン香水 東京墨田 菊川1−6−5 リバストン化学 石川○一」
○部分は潰れて読めませんが、惠一さんのお名前でしょうか?
それとも先代のお名前?

この香水ビンについても、石川さんが当時のガラス瓶製造業者の方にお伺いしたところ、
「ハリスに依頼されて作ったもの」とのことでした。
ハリスとは、カネボウハリス株式会社のことと思われます。

その前身であるハリス株式会社は、チューインガムで有名な菓子メーカーの大手でした。
鐘紡百年史によると、戦後は本業の繊維産業に比べ相場変動の少ない化粧品、薬品、
食品分野への事業拡大を決定、ハリスの合併はその足掛かりとなったとあります。
合併以前からハリスにはチョコレートやガムの原料を供給、不況の際には資金援助を行い、
建て直しの為の人的資材も投入するなど、経営には深く関わっていたようです。
カネボウのこうしたバックアップもあって、ハリスは西日本市場を制圧し、
ロッテに並ぶ菓子メーカーと評されるまでに成長します。
更なる成長を目指してロッテの本拠地である東日本市場へ本格的な攻勢を掛けますが、
危機感を持ったロッテは大掛かりなキャンペーンを敢行、巧みな経営戦略によりハリスを
退けてしまいました。この頃から経営方針に対する見解の相違によりハリス経営陣は対立。
一部経営陣が独断でポップコーン事業に手を出して失敗するなど混乱が続きます。
この混乱を収束するため、ハリスの重役がカネボウに経営譲渡の相談を持ちかけます。
そして1964年4月、正式にカネボウに合併され、カネボウハリス株式会社が誕生しました。

「カネボウハリスガム」で画像検索すると当時のガムの広告を見ることができます。
その多くが景品付きで、景品はトランシーバーだったり、テープレコーダーだったり、
ハンカチだったり……と多種多様です。
前置きが長くなってしまいましたが、この景品の1つに「プチ香水」がありました。
つまり、リバストン化学で使用されていた香水ビンは、この景品と同一の物なのです!
1965年当時の広告を、とことこコロンさんがお持ちでしたので、画像を拝借いたしました。

riverstone-secound9.jpg

どうでしょうか?ラベルの有無やペイント、キャップの形に多少の差異があるものの、
同じ香水ビンであると考えてほぼ間違いないと思います。

リバストン化学とカネボウが、こうした形で繋がっていたという事は驚きでした!
記事の初めに紹介した王冠型の香水ビンも、カネボウの為に作られたものではないか?
という説がありますが、その可能性が高いような気がしてきました。
ちなみに、デザインはガラス瓶製造業者の方によるものだそうです。
石川さんから頂いた香水ビンのリストには広告に載っていないデザインもあり、
ハリスガムにビンを提供後もデザインを増やし続けたのでは?と推察できます。

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久しぶりなのでコツコツ集めてきた香水ビンをまとめて見せようと思う。 - 2016.09.18 Sun



ご無沙汰しております!
最後に更新したのがいつなのかも記憶が曖昧です。
前記事を確認してみたところ、なんと更新は5月21日!
夏は一回も更新しなかったわけですね〜なんて酷いブログなんだろう(笑)
もうこのブログはこのまま死んでしまうのではないか…と思った方も多いでしょうが、
(自分でも思った)本日をもって、めでたく復活いたします!

この間、何にもしてなかったワケじゃないんです。
収集に励みつつ、びん博士のお手伝いをしたり、インスタグラムを更新したり、
ネット上でお付き合いしていた趣味のお友達と初めてお会いしたり、
次の記事に向けて調べものも進めていました。
しかしながら、次の記事に向けての調べものが思うように進まない中、
プライベートでも色々な問題の解決に追われることに……
人生に踏ん張りどころってあると思いますが、今がその時のひとつなんですかね。

ちょっと話が逸れました!本題に戻ります。
今調べているものは、記事にできる内容になるまでもう少しお待ち頂くとして、
今回は私がコツコツ集めている小さくて素朴な香水ビンを紹介したいと思います。
華やかなものばかりではありませんが、香水ビンの夢のあるデザインは
眺めていると幸せな気持ちにさせてくれますよ。



1つ目はこちら。全長6cmほどの可愛い香水ビンです。
ガラス栓の「ガラスの塊」感がとても良い!
メーカーは不明ですが、ラベルの西洋婦人の横顔の下には「Bijin」と書かれています。
そのまま「美人」という意味なのか?それとも外国の言葉なのか?分かりません。
首には「WHITE ROSE」と書かれたラベルが巻かれています。



こちらは全長8.5cm、とてもロマンチックなデザインです。
自分の持っている物の他にも何度か見掛けた事があるので、
それなりに流通しているようですが、詳細は分かりません。
ゴールドのラベルには「FREE FROM ALCOHOL」とあります。
そのまま「アルコール使ってません」という意味でしょうかね〜
ラベルの下部には「SUMITO MADE IN JAPAN」とあり、日本のものであることは
間違い無さそうですが……「スミト」ってなんだろう?



続いてはこちら。全長は約8cmです。
色褪せたリボンがとても良い感じ!しっかりと巻かれているのを見る限り、
未開封かな?と思いますが、ガラス栓には4箇所の溝があります。
ここにはガラス栓を固定するための糸(正式名称が分からん 笑)を
這わせていたと想像できますが、それが無いからやっぱり開封済み?
ところで、このラベルデザイン、何だかどこかで見た事あるなぁ〜と思ったら……
昔に取り上げたロジェ・ガレのフルール・ド・アムールにクリソツ(死語)でした。
その時の記事がこちら
ラベルには「KATCHO」とありますが、おそらく課長……
じゃなくて「花蝶」だと思われます。
明らかにフルール・ド・アムールを意識している香水なので、
同じ時期に販売されていたのではないでしょうか。



高級感ありますね〜!久邇(くに)香水です。
リボンや金糸の状態を見るに、それほど古いものではないと思います。
発売元の久邇香水本舗については語りたいことが多いのですが、
簡単に説明すると皇族の久邇宮朝融王(くにのみやあさあきらおう)が戦後の
皇籍離脱後(久邇を姓とし「久邇朝融」と名乗る)に興した異色の香水会社です。

ガラス栓にプリントされているのは、久邇宮家の御紋だそうです。
底のラベルには「製造元:久邇香水本舗」、「発売元:久邇コーポレーション」
とあり、発売元の住所は東京都新宿区となっています。
現在でも久邇香水は製造販売されていますが、そのHPを見ると発売元は
「久邇コーポレーション・ルリ」となっており、住所は福岡県でした。
ちなみに久邇朝融は皇族時代からトラブルメーカーで、破天荒な人物として有名です。
皇籍離脱後は香水の他にも様々な事業に手を出しますが悉く失敗。
失意のうちに亡くなっています。
そんな背景がありながら久邇香水が今日まで生き残っているというのは驚きです。



丸いガラス栓が可愛い!髙島屋?の香水ビンです。
ラベルを確認してみると赤い○の中に髙の字があることが分かります。
だから私はこれを単純に髙島屋のものと思っているのですが、真相はいかに?





可愛いというよりカッコイイ香水ビン。
ガラス栓がとても凝っています。モチーフはワシでしょうか?
日本のものではないような気がします。
ラベルの文字はうっすら「OSTA」と読めますが、検索しても意味は分からず。
情報募集中です。



ガラス栓の丸い部分が異常に大きい(笑)パピリオのパピリオ・ドオルです。
シンプルだけども思い切ったデザインは「らしさ」に溢れています。
パピリオの香水ビンはそれなりに流通しているものの、このタイプは見掛けません。
1970年代頃のものかな?調べるのはまた今度……



小さく可愛らしい香水ビンです。
首に巻かれているラベルには「ROSE VIOLET」とあります。
正面のラベルには帆船のイラストの下に大きくFとMを組み合わせたブランドロゴ?
があり、更にその下には小さく「THE FAMES PERFUMERY.CO」と書かれています。
ハッキリと会社名が載っているにも関わらず、検索しても何も分かりませんでした。
おそらく海外のものと思われます。



金扇香水という、めでたい感じの香水です。
ラベルには扇と鶴のイラストがあります。
金扇という商品名からして、金鶴香水を意識しているのは明らかだと思います。
ガラス栓はお花をイメージした形でしょうか?
どうせなら金扇に絡めた形にすれば良いのにとも思いますが、可愛いからまぁ良いか!
ラベルに変な落書きがあったのでフォトショで少し消してみました。
仕事だと頑張れるんだけど、これは途中で面倒くさくなって断念(笑)
中途半端に残っちゃってゴメンナサイ!



日の出香水とスワン香水です。
この2つ、全く関係の無い香水と思っていたのですが、並べて比べてみたら
日の出とスワン以外の部分のデザインはそっくり!(スワンは撫で肩なビンだけど)
下部の表記の「POUL LE Mouchol」も全く同じでした。
「日の出」と名の付くからには日本のものと思うのですが、詳細は分かりません。





今回、ご紹介するのはこちらで最後となります。
ラベルに赤い字で「Mikasa」と書かれているので、ミカサ香水でしょうか。
ガラス栓のデザインが如何にも日本的でとても気に入っています。
自立できないタイプです。おそらく持ち運び用でしょう。
香水ビンにおいて、ガラス栓のデザインってとっても重要だと思います。
これが普通の形をした普通のガラス栓だったら?
全く違った印象になることでしょうね。

矢野芳香園(と丹平商会?) ツバメ香水 - 2016.05.21 Sat



お久しぶりですー!
またまた、ご無沙汰してしまいました。
今年は更新頻度を上げるぞ!と意気込んでいたのに、駄目ですねー……
休日に一日引き籠れるぐらいの時間が取れないと記事がまとめられない私、
最近はなかなか、そんな時間が取れずにいました。
今回取り上げるツバメ香水の発売元である矢野芳香園は、コレクターの間で名前が
知られている割には謎が多いんですよね。
たっぷり時間を掛けたかいあって!?矢野芳香園については色々な新事実が浮上してきました。
その新事実とやらに興味のある方がどれだけいるのやら、分かりませんが(笑)、
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。





THE・香水なデザイン!繊細で美しくて私はこういうの大好きです♪
全長は約6.5cmと、やや小振りなサイズ。
ツバメ香水なので、当然ながらツバメが描かれています。
ラベルには「parfum Goncentre」「ARONDE」「Poul le Mouchoir」とあります。
「Goncentre」は「Concentre」の事だと思いますが(この時代はスペルミスが多い)、
コンセントレは仏語で「濃縮」という意味で、現在でも香水にはよく使われる表現です。
謎なのは「ARONDE」と「Poul le Mouchoir」で、両方とも仏語だと思うのですが、
調べてみると「ARONDE」は仏人の人名としてアロンドと読む、という情報しかありません。
商品名はツバメ香水なのに、全然関係無い語を一番大きく表記するって、どうなの!?
それから「Poul le Mouchoir」ですが、直訳すると「ポールのハンカチ」という意味に……!!
ポールって誰やねん!フランスのハンカチ王子かよ!(古いネタですいません)
この時代の外国語表記はかなり適当だとは思っていましたが、これは酷いです(笑)
何かの暗喩なんじゃないかとも思いましたが違いますよね?仏語に詳しい方、ご教授ください。

訂正:「ARONDE」は古代フランス語で「ツバメ」を意味する語だと情報提供を頂きました!
今一度しっかり調べてみると、11〜12世紀頃まではツバメを意味する語だったそうで……。
ちゃんとした表記だったのですね!矢野芳香園ごめんなさい!
「Poul le Mouchoir」についても、「pour le」で「〜のために」という意味があるそうで、
「Mouchoir」と合わせると「ハンカチのために」となるようです!ポールじゃなかった(笑)
ハンカチに垂らして香らせる方法はこの当時の一般的な香水の使い方ですし、香水ビンのラベル
に表記される言葉として違和感ないものだと思います!
重要なことだと思いましたので、早々に訂正させて頂きました。
情報提供ありがとうございます!



背面にはシンプルに「ツバメ香水」と表記されたラベルがあります。
表に商品名の記載が全く無いワケですから、これは必要に迫られて付けた感アリアリですね(笑)



この香水ビンで一番気に入っているのは、実はこのガラス栓かもしれません。
私はこのタイプのガラス栓を、勝手に「ドアノブ型」と呼んでいます!

それにしても、矢野芳香園、情報がない!ないない!こんなに無いとは思いませんでした。
矢野芳香園と言えば、ツバメ香水の他にも「大学白粉」とか「美乳」とか、
コレクターならば大抵見聞きするようなメジャーな製品を沢山遺しているんですよね。
だから企業情報も結構残ってるのではと思っていたのですが、全然そんな事ありませんでした。
昔の企業のことを調べるのはやっぱり難しい、ということを今更ながら痛感してます。

定説では、1909年に矢野順藏が大阪で設立、同時に大学白粉発売……となっていますよね?
私もそれを信じこんでいて、1909年から商報を調べ始めたのですが、どうもおかしいのです。
まず、1909年1月の商報です。
矢野芳香園は1月1日発行の商報に、正月を祝う広告を出しているんです。
1月1日発行の商報に広告を載せるには、少なくとも1908年の末には紙面のスペースを確保して、
広告のデザインを確定しなければなりません。
それができるということは、矢野芳香園は1909年以前から存在しているということになります。
それから、決定的だったのは1912年3月のツバメ洗粉と金燕歯磨の発売広告です。
広告には「本舗始めてツバメ歯磨を公にしてよりここに満10年」
「ツバメ歯磨発売10周年記念」とあります。
ここで私は「えー!」と思わず声が出てしまいました(笑)
1912年の10年前は、単純に考えて1902年です。
これが「矢野芳香園設立と同時にツバメ歯磨を発売して満10年が経ちました」という意味の
文章だと解釈すると、1902年が矢野芳香園の設立年と考えられます。
定説の1909年と比べ、7年ものズレがあるということになるのです……
こりゃ一体どういうことでしょう。

となると、1909年から更に遡れば矢野芳香園のことがもっと分かるかもしれません。
ほんの少し面倒くさいですが(笑)地道に遡っていくことに……
すると、大学白粉の発売時期と発売元についても、新事実が発覚しました。

大学白粉といえば、矢野芳香園が設立と同時に発売した看板商品のイメージがありますが、
それもどうやら違うようなのです。
大学白粉の広告が初めて商報に登場するのは1907年7月になります。
発売記事掲載もこの頃ですので発売は1907年7月とみて、ほぼ間違いないと思います。
注目すべきは発売元の記述で、矢野芳香園ではなく、「大学白粉製煉所」とあります。
同じ年月日の商報に、矢野芳香園はツバメ歯磨の広告を出していますが、大学白粉との
関連を思わせるような記述は何もありません。
それ以降も、矢野芳香園と大学白粉製煉所、双方とも頻繁に広告を出していますが、
関連性を思わせるようなものは一切ありませんでした。
これは1908年1月の大学白粉の広告です。



商品名の書かれた黒板を指し示す、教授らしき人がイケメンです。手がでかい。
「大学白粉製煉所」の記述があります。

それが、1908年7月、いきなり大学白粉の発売元が矢野芳香園に変わります。
そして8月には特別製大学白粉なるものを発売しています。
この特別製は、矢野芳香園と合併?吸収?後のリニューアル商品だと思いますが、
中身は既製品と殆ど変わりなかったのでは……(笑)
この時まで、矢野芳香園はツバメ歯磨のみを自社製品として販売していたと思われます。
合併?吸収?の経緯については全くの想像ですが、歯磨粉だけでなく化粧品事業に
手を出したい矢野芳香園と、東京だけでなく大阪にも販路を広げたい大学白粉製煉所、
双方の利害が一致した結果ではないでしょうか。
(博士にこの件についてお伺いしたところ、「乗っ取り」の可能性もあるとのことでした。
矢野芳香園が大学白粉という人気商品を自社商品とするため、あまり穏やかでない方法を
とった可能性もあるとのこと)

本当なら、矢野芳香園が設立したと思われる1902年まで遡って調べたいのですが、
1897~1906年5月までの期間の商報は公表されていないので、1906年の6月までしか
調べられなかったのが心残りです。
東大の画像アーカイブスも画像のリンク切れで使えなくなってしまっているんですよね~
早く復旧して欲しいのですが……

今回新しく分かったことが多かったので、時系列の整理のため、年表を作成してみました。

1902年3月 矢野順藏が大阪で矢野芳香園を設立。同時にツバメ歯磨を発売。
1907年7月 大学白粉が発売される。発売元は大学白粉製煉所。
1908年7月 矢野芳香園が大学白粉の発売元となる。
1908年8月 特別製大学白粉を発売。
1911年3月 初めてツバメ香水の広告が現れる。発売もこの頃か。
1912年3月 10周年を記念してツバメ洗粉と金燕歯磨を発売。
1916年?月 矢野芳香園が「大学白粉」、丹平商会が「ツバメ化粧品」の専業になる。

1916年の「丹平商会がツバメ化粧品の専業になる」に関しては、詳しいことは
一切分かりませんでしたが、NCMでは書かれていることなので年表に入れておきます。
最近手にした絵葉書を見る限り、丹平商会がツバメ化粧品を扱っていたことは確かなようです。



桜だから、春に発行された絵葉書かな?
左下の桜の中に「品質優良 ツバメ香水 ツバメ歯磨 ツバメ洗粉 丹平商会」とあります。

ところで、肝心のツバメ香水です!
ハッキリとした発売広告があったワケではありませんが、1911年頃から広告が
よく見られるようになるので、発売もその頃かな?と思います。曖昧ですいません(汗)
1913年の小間物化粧品名鑑によれば、大瓶、中瓶、小瓶、大豆、小豆と、
豊富な容量展開がされていたようです。
私の持っている物は比較的小振りなので、小瓶か大豆かなと思います。
ここで広告の一つをご紹介します。1913年の広告です。
ツバメ香水だけあって「飛ぶように売れる」ことをアピールしております(笑)



1915年までの広告のビンは全てこのデザインですし、私の持っている物も同様です。
でもボトルソウドウさんの持っているツバメ香水は扇型のガラス栓なのですよね!
何種類かタイプがあるのかもしれません。ボトルソウドウさんのツバメ香水はコチラです。
背面に三越のラベルがあるので、三越百貨店に置くために作られた特別バージョンでしょうか。
このツバメ香水の他にも、百貨店とのコラボ商品は幾つか見たことがあります。
もう一つの可能性は、丹平商会がツバメ化粧品の専業になってからのデザインの変更です。
1916〜1925年の期間の商報も、閲覧不可なためそれを確認できないのが残念です。

ツバメ香水がいつまで販売されていたかですが、閲覧可能な1926年以降の商報では、
情報は見当たらないため、1916〜1925年の期間に販売を終了した可能性が高いと思います。
矢野芳香園に関しても同様なので、1916〜1925年の間に倒産してしまったのかも?

1916年の丹平商会へのツバメ化粧品の移動?が気に掛かります。
どうして丹平商会がツバメ化粧品の専業になるのかが分かりません。
その頃の丹平商会には、健脳丸や今治水などの看板商品が既にありましたでしょうし……
専業というよりかは、「矢野芳香園からツバメ化粧品の権利を買い取った」と表現したほうが、
実際に近いのではないかと思います。
経営の苦しくなった矢野芳香園がツバメ化粧品の権利を丹平商会に買ってくれるよう頼み、
同郷の丹平商会は矢野芳香園を助けるつもりで引き受けた?
それとも、ツバメ化粧品を丹平商会が「乗っ取った」ことで経営が苦しくなり倒産した?
真実は分かりません。
同じ大阪を拠点とした企業で、化粧品業と薬品業という似通った業界ですから、
接点が無かったワケでは無いと思います。
丹平製薬に問い合わせてみれば、そのあたりの経緯が分かるのかもしれませんが、
流石にその勇気は無いので、迷宮入りです(笑)

丸善化工株式会社 香水ゴヤ - 2016.02.21 Sun



コロンとしたフォルムのビンが可愛い!
丸善化工株式会社の香水ゴヤです。

このビンはそれなりに流通しているようで、時々見かけますね!
私は3種類持っています。
丸善といえば、インクのイメージが強いと思いますが、香水も出してたんです。
(厳密には丸善の子会社である丸善化工株式会社が出していたのですが)
独特な箱と、ゴヤというネーミング、丸善で香水?
ずっとその詳細が気になっていて、調べるぞ〜調べるぞ〜と思いながら早幾年……
今回やっと手を付けることができてスッキリ!です。





一番小さい物は箱入りだけど、状態はあまりよくありません。
サイズは縦4cm、横3cmほどです。
香水ゴヤには15cc入りと7cc入りがあるようですが、これは7cc入りだと思われます。
蓋が無く、ラベルもほとんど読めなくなっていますが、かろうじて「Goya」と読めます!
この口を見る限りでは、蓋はスクリューキャップだったのでしょうね。
底が厚くてポッテリとしたビンです。



そして、これは香水ビンよりも入っている箱がスゴいんです!
箱はいつも脇役ですが、今回は一番見てもらいたいところかも(笑)
一辺が約4.5cmから4.8cmの立方体です。
見ての通り木製で、蓋は金具で固定されており、小さいのに本当によく出来ています。
こんな立派な木箱に入っている香水なんて他に見たことがありません。
封紙にはゴヤの代表作「着衣のマハ」が印刷されています。
(印刷が褪せているのでよく見えません。「裸のマハ」の可能性もあります)



香水ビンはこんな感じで入っています。



箱の底面にはラベルが残されており、
「横浜市南区南太田町三ノ三一一 発売元 丸善化工株式会社」
「津市五軒町津ニ一九ニのニ 製造元 ゴヤ香水研究所」とあります。
丸善化工株式会社は1950年に設立された丸善の子会社ですので、それ以降に
作られた物だということが分かります。
ゴヤ香水研究所について、詳しい事はよく分かりませんでした。
多分、この香水の開発・製造の為に設立した研究所ではないかと思います。



こちらは箱入りより一回り大きい物です。
ラベル付きで「Goya」とハッキリ読むことができます!
ラベルには真ん中にうっすらと緑色の帯が残っています。
ここには、上から白・緑・赤の配色をしたブルガリア国旗が印刷されていたのでしょうが、
赤は退色しやすい色なので、緑だけが残ったと思われます。
(どうしてブルガリア国旗なのかは後述します)
ガラス栓は鮮やかな赤色をしています。



それからこちらは、ビンの形と大きさから勝手に「Goya」だろうと思っている物です。
他の2種類とは違って、ガラスは灰色がかっていて、蓋も赤というより焦げ茶色に近いです。
3種類の中で、ビンの歪みや気泡が一番多いんですよね。
これは戦況の悪化で物資不足に陥っていた時代の物なんじゃないでしょうか。



3つを並べてみました。
右から順に古い物なんじゃないかなーと思っています。

発売元の親会社である丸善株式会社は1869年に早矢仕有的によって横浜で創設されました。
有的は岐阜の医者でしたが、その才覚を見出した高折善六の勧めにより東京に出ます。
そして開業医の傍ら福沢諭吉の門下生として経済と思想を学び、
それが丸善の前身である「丸屋商社」を創設するキッカケとなりました。
「丸屋商社」は後に「丸善商社」と名称を改めていますが、それは恩人である高折善六への恩を
忘れないために考えた架空の社長名(!)である「丸屋善八」が元となっているそうです。
色々と緩い時代ですね(笑)!
丸善は西洋文化の導入という目的を掲げ、書籍、生活用品、化粧品、食料品にいたるまで
様々な商品の輸入販売、そして自社製品の製造販売も進め、企業として大きく成長していきました。
現在はどうかというと、事業内容は図書に関するものが主のようですね。
非常にタイムリーな話ですが、丸善は今年の2月に株式会社雄松堂書店と経営統合し、
現在は丸善雄松堂株式会社と名称を改めています。

肝心の香水ゴヤに関してですが、調べるのに苦労するかと思ったら、
案外アッサリと分かってしまいました。
丸善はなんと、グループ企業である丸善出版株式会社HPで、1980年に発刊した百年史の
PDFを公開しているんですね!
こういう企業もあるんだな〜と感心いたしました。
私のような人間にとっては非常にありがたいです!
既にご存知の方も多いでしょうが、興味のある方は是非御覧ください。

丸善出版株式会社 丸善百年史

百年史によれば香水ゴヤは1939年、ブルガリアとのバーター貿易により輸入され、
国内での販売を開始したとあります。
(巻末の年表では1937年とされています。この食い違いは何だろう?)
今回の記事を書いている最中に手に入れた香水ゴヤの戦前のチラシがあるのでご紹介します!



ローズの香りだと一目で分かるデザインです。



裏返すと商品説明と綺麗な写真が載っていますよ!



モノクロなので正確な色は分かりませんが、ラベルにはブルガリア国旗らしい印刷が!
「スエズの彼方から南国の香り豊かに……」とありますが、ブルガリアって南国だっけ(笑)?
香水ゴヤの他に携帯用の香水プチゴヤもあったんですね!



「ゴヤ」という名称を付けられた化粧品は、香水の他にもここに載っているローション、
それからクリーム、トニックがあったようです。化粧品ブランドの一つだったのでしょうね。

状態の良さや、文字の流れから、戦後のチラシかと思ったのですが、価格設定を見て
戦前の物だと分かりました。
1953年に復活した香水ゴヤは「15cc入りの大型が480円、7cc入りの小型が250円」と
広告に記述されていますが、このチラシには2円とあります。
インフレの影響を受けていない、戦前、戦中の価格だということが分かります。
蓋はスクリューキャップではなく、ガラス栓のようです。
となると、私の持っている箱無しの2種類の香水ビンは戦前の物だと推測されます。

戦況が悪化する中でも生産は続けられていたようですが、1944年の空爆による津市の
化粧品製造工場の焼失により、製造中止となりました。
輸入品なのに製造中止?と思いましたが、中身だけ輸入して工場で日本製のパッケージに
詰めていたということでしょうね。
それから9年後の1953年、香水ゴヤはデザインや香りはそのままに製造販売が再開されます。
これがその時の広告です。



写真が小さいので蓋がスクリューキャップかどうかは分かりませんが、
私の持っている箱付きの物は、この時に販売されていたものだと思われます。
しかし、例によっていつまで販売されていたのかは分かりません。
発売元の丸善化工株式会社は1968年に株式会社第一鋼鉄工業所に吸収合併されています。
この会社は元々、丸善の取引先だったようですが、1960年に事実上の子会社となっています。
スチール製事務用品の製造販売を主な事業とする会社なので、ここに吸収合併されたとなると、
化粧品事業がそのまま引き継がれたとは思えません。
衣料品や化粧品類を扱っていた他の丸善系列会社も、同年に親会社が吸収合併していますので、
丸善は1968年にその分野の事業から手を引いたと考えて良さそうです(あくまでも推測!)。
それと共に香水ゴヤの製造販売も終了したと考えるのが妥当でしょうか!?
ちなみに、株式会社第一鋼鉄工業所は今でも健在のようです。

最後に、どうしてこの香水が「ゴヤ」と名付けられたのかはサッパリ分かりませんでした。
発売当時、日本ではゴヤブームでも起きていたのか?
「着衣のマハ」が香水のイメージに合っていたのか?
ブルガリアとゴヤでは何の接点も思いつきませんし、謎です。
香水ゴヤが発売された1939年当時、国際情勢が非常に不安定だった時期ですが、スペインと
日本は良好な関係が保たれていました。
キャッチーでモダンな商品名を付けたいけれど、敵対する連合国に由来するような商品名は
付けられないし……と考えた結果、スペイン出身の画家であるゴヤに白羽の矢が立った!と
考えることはできないでしょうか?
「香水ブルガリア」で良いじゃん!とも思いますが(笑)ブルガリアという国の認知度が
当時どれほどだったかという事を考えると、「香水ゴヤ」のほうが、イメージとして民衆に
伝わりやすかったかもしれませんね。

過ぎ去りし日の香水 バブス・クリエーション - 2016.02.07 Sun



今回は、久々に海外の物を取り上げます!

バブス・クリエーションのスカーレット・オハラをイメージした香水のビンです。
ガラスドームというのは、どうしてこうも物を素敵に見せるのでしょうか!
この香水の正式名称は「Yesteryear perfume」、日本語に訳すと「過ぎ去りし日の香水」
という意味になります(多分)。





ガラスドームは割れていたのをガラス用接着剤でくっつけました!
一応くっついているけれど、ふとした拍子に外れそうで怖い(汗)



真鍮製の土台とガラスドームを含めると全長は13.5cm、香水ビンの高さは10.5cmほどです。
ドレスを着た女性の形の香水ビンで、手には日傘を持っています。



スカーレット・オハラをイメージしているそうですが、肝心の顔はよく分かりません(笑)
小さなガラスビンで顔を表現するというのはなかなか難しいですよね。



花はビロードで作られています。
経年劣化で色は褪せていますが、発売当初はカラフルだったようです。



この花束はワイヤーで胴体にくくりつけられています。
なんとか保っているという感じです。

欧米ではポピュラーな香水ビンのようで、英語で検索してみるとネット上でも
かなり多くの情報を見ることができます。
状態は物によって様々ですが、金属製の土台に女性型の香水ビンが固定されており、
その香水ビンには花束とリボンが付いていて、ガラスドームで覆われているのが
スタンダードなスタイルのようです。
私が持っているのはリボンが無く、花束も一部欠けていますが、それでもかなり素敵だと
個人的には思っています!
日本でもこの香水ビンはある程度、流通しているようですが、詳しく解説されているのを
見た事が無いので、自分なりに調べてみました。

「風と共に去りぬ」は1939年12月15日に公開、大ヒットを記録したアメリカ映画です。
1936年に出版され世界的ベストセラーとなったマーガレット・マナーリン・ミッチェルの
小説が原作となっています。
出版の翌月(早っ!)にデヴィット・セルズニックが映画化権を獲得し、
3年の歳月をかけて撮影されました。

この香水が発売された年については、映画の公開と同じ1939年とする説と、
翌年の1940年とする説があるようです。
映画上映は年末ですし、上映開始後に製品の開発に着手したと考えると、
1940年が自然なのではないかと思いました。
でも上映前から注目されていた映画でしょうし、公開に合わせて発売されたとすれば、
1939年でも不自然ではありませんね。
このボトルデザインはウォルター・ハーシュフィールドという人物によって、
1939年4月21日に特許を取得されているそうです。
それが本当なら、映画の上映を見据えたアイテムであったことはほぼ間違い無さそう!

バブス・クリエーションという会社についてですが、残念ながら詳細は分かりませんでした。
この会社は1944年にも、「風と共に去りぬ」をテーマとした香水、
「Forever yours(永遠にあなたのもの)」を発売しています。
こちらも、ガラスドームの中に香水の入ったハート型のビンを掲げている女性の両手……
という非常に魅力的なデザインですので是非、英語で検索してみてください。
面白いのは、「風と共に去りぬ」をテーマにしているとされる、この2つの香水ビン、
実はどこにも「風と共に去りぬ」「スカーレット・オハラ」とは記述されていないんですね。
女性型の香水ビンの土台のラベルには「Yesteryear Perfume By Babs Creation Inc.」、
ハート型の香水ビンの土台のラベルには「Forever yours By Babs Creation Inc.」と
記述されているのみです。



ひっくり返してみました!
経年のせいでしょうか?ビンが台座から外せないので、底を見るのが大変です(笑)



ちなみに私の持っているものにはラベルは残っていませんが、底には
「Babs Creation Inc」とエンボスが入っています。

海外のサイトでは、この香水ビンの説明として、必ずと言って良いほど
「風と共に去りぬ」の名前が出されています。
それがどうしてなのか、何を根拠にしているのかが分かりません。
この香水の宣伝広告の1つでもあれば参考になるのですがねぇ。

この香水ビンの現在の流通量を見る限り、映画と小説の人気に乗じて、当時はかなりの
売れ行きだったと思われます。
ガラスドームにドレスを着た女性の香水ビン、花束にリボン!
女性の好きな要素をこれでもかと詰め込んだデザイン、女性達のスカーレットに対する
憧れも相まって、売れない訳はないですよね~
1939年と1944年という、日本が戦争のため贅沢品の類を厳しく取り締まっていた時に、
アメリカではこうした華美な香水が普通に生産され、そして消費されていたという現実には、
お国柄というものだけでなく、歴然とした国力の差というものを感じずにはいられません。

「風と共に去りぬ」が日本で正式に上映されたのは1953年のことになりますが、
戦中に日本軍が米軍から勝ち取った占領地の一部では観ることができたそうで、
「こんな映画を作る事のできる国には勝てないと思った」という証言が残っています。

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Author:黒猫チャック
香水瓶収集からはじまり、日本の化粧品デザインに辿り着きました。特にビンが大好き!ラベルが残ってたら最高です。
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