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2017-05

十銭ストアの化粧品 - 2017.05.07 Sun



左は門根幸榮堂の香泉化粧水、右は山田屋香粧品製造所のヤマダ艶出し香油です。
最近は1つの製品を調べた記事が多かったですが、今回は少し視点を変えて、
十銭ストアで売られていた化粧品を取り上げます!

「十銭ストアってなに?」という方々の為に簡単に説明すると、
今で言う「100均」や「300均」のような、均一価格で品物を売るお店です。
戦前にそんなお店があったとは!びっくりですね〜
香泉化粧水とヤマダ艶出し香油については、長らく詳細不明だったのですが、
商報の広告から、この2つの製品が十銭ストアの製品であることに気付きました。
調べてみると色々と面白かったので、興味のある方は是非お付き合いください。

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香泉化粧水を見てみましょう!
全長は約11cm、三分の一ほど残った化粧水は鮮やかな水色をしています。
ビンの多面的なカットがお洒落ですね!
ラベルにはマル停マークがありますので、1939年10月以降のものでしょうか?
前面のラベルにわざわざ大きく判を押すのは珍しいですね。

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背面を見てみましょう。
この化粧水の説明書きがあります。
油性の方に特によろしう…とあるので、サッパリした使用感だったのでしょうね!
住所は東京市浅草區ですから、1943年以前の物なのは間違いなさそうです。

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蓋はエンジ色です。
こうしたカットを施した蓋のデザインはこの時代多く見られますね。
例を挙げれば、美顔水も同じような蓋のデザインです。

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こちらはヤマダ艶出し香油です。
全長はコルクを含めて約9cm、ビンはスタンダードなデザインです。
ラベル左下にある椿のマークは、資生堂の花椿に激似(笑)

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背面を見てみます。
ラベルには欠けがありますが、「束髪用香油」と書いてあったのでしょうね。

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ビン側面のラベルには「山田屋香粧品製造所」とあります。
香泉化粧水と同様に、住所は東京市ですね。
責任者のお名前がよく見えませんが、「町野久一」さんかな?
写真下はビン背面にあるエンボスをアップで撮ったものです。
「YAMADA」だから略して「YMD」なのでしょうね。


十銭ストアは1926年、高島屋が大阪に出した店が始まりであると言われています。
当時、アメリカに存在した「10セントストア」を参考にしたお店だったそうです。
店内全ての品物が十銭で買えるという物珍しさと、当時の世界的不況の影響もあって、
十銭ストアは民衆に歓迎されました。
1931年から本格的なチェーン展開が始まり、最盛期には100店舗以上に規模が拡大。
髙島屋の成功を受けて10銭ストアを模倣するデパートや商店も続出しましたから、
それも含めると相当な数の均一ストアが存在したことになります。
しかし米国との戦争が始まると品物の調達難などから均一ストアの運営が難しくなり、
戦争が終わる頃には、そのほとんどが姿を消していたそうです。
十銭(現代の約180円に相当)で果たしてどんな品物を売ることができたのか?
というのが気になるところですが、菓子類や缶詰などの食料品をはじめ、
ハンカチや歯ブラシなどの生活必需品、日用品がほとんどだったようです。
そして、その日用品の中には化粧品も含まれていました。

当時の「均一ストア旋風」が化粧品業界にも影響していたのは明らかです。
1932年の商報には、均一ストア用に製造された化粧品が盛んに宣伝されています。
ここで幾つか広告をご紹介します。

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「時代に投ずる!! 見よこの大奉仕!! 十銭均一爆破!! 九銭均一の先陣!!」

見よ、この広告の威勢の良さ!
「十銭均一爆破!!」って……十銭均一に恨みでもあるのでしょうか(笑)
均一ストアは十銭だけでなく二十銭、五十銭など金額の設定にも種類がありました。
九銭ストアというのもあったようです。

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品物リストを見てみると、ハンカチ、櫛、乳バンド(!)などの日用品のほか、
ヘチマ水、水白粉、クリームなど化粧品類も豊富に取り揃えていることが分かります。
仕入れ値を見ると、化粧品類は10個で六十五銭というのがほとんどですね!
ヘチマ水は10本で四十八銭と、かなりお安い!

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こちらは山田屋香粧品製造所の広告です。
山田屋は十銭均一向けの化粧品を主に製造していたようですね!
少し分かりにくいですが、今回取り上げている艶出し香油の姿も発見しました。
どれも十銭とは思えないお洒落なビンです。

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こちらも山田屋香粧品製造所の広告です。
「遂に化粧品界にも十銭均一時代が来た!!」と威勢よく宣言しています。

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こちらは門根幸榮堂の広告です。
山田屋と同様に、十銭均一用の化粧品を多数取り揃えていることが分かります。
残念ながら、今回取り上げた香泉化粧水はこの広告で確認することはできません。

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こちらも門根幸榮堂の広告です。
この広告は先程のものと違って、文字情報を多く載せています。
「キット賣れる キット儲かる 十銭化粧品」……少し控えめな宣伝文句ですね(笑)
「弊店は化粧品製造に古き歴史を有し」とあるので、以前から各化粧品会社に
化粧品を卸していた老舗だったと考えられます。
製品一覧には、今回取り上げている香泉化粧水も確認できますね。

均一ストア用製品の宣伝広告は1932年以降の商報でも見ることができるので、
一時のブームではなくジャンルの1つとして業界に受け入れられていたのでしょう。
断言はできませんが、名称に「ヤマダ」や「香泉」という言葉が含まれる場合は、
十銭ストア用の化粧品である可能性を考えてみても良いかもしれません!

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ポーラ化成工業株式会社 ダルジャン - 2017.03.20 Mon



化粧品にしては硬派なデザインの瓶ですが、
然り気無い個性があります!
ポーラ化粧品のダルジャンです。

ポーラの製品を取り上げるのは、これが初めてです。
戦前から続く老舗ではありますが、昔の瓶がなかなか手に入りにくいのと、
商報など調べても他メーカーと比べ広告量が圧倒的に少ない(=情報が少ない)ため、
なんとなく後回しにしてきてしまいました。
しかし、今回はダルジャンがまとめて手に入ったので重い腰をあげます!

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全長はベークライトのスクリューキャップを含めて約8cmあります。
ぽってりとした質感の陶製ビンです。

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ビンは表面も背面も同じデザインで、ラベルが有る無しだけの違いのようです。

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でっぱりを含めないとビンの厚みは約2.2cmです。

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ダルジャンの箱です。
以前の持ち主の仕業でしょうか?テカテカのセロハンテープで補強されています。
箱側面には「ポーラ ダルヂャン」という商品名と「光る化粧」という謎の言葉が!
この「光る化粧」という言葉の意味は後々判明することになります。
箱裏面には英語で商品の説明があり、意訳すると
「ダルジャンはあなたに、簡単でモダンな化粧法をご提案します。
 あなたの肌に合った色の粉白粉とご一緒にお使いください」
という意味になります(多分)。
更に箱の内蓋にも使用方法が書いてあります。
「ポーラダルヂャンをお顔へシットリ伸します、其上へ直ぐ粉白粉をどうぞーー
 勿論お肌の色に合ったものを。
 そして数分間静かに音楽でも聞きながらお肌を休めて下さいーー
 光る化粧、生きたお化粧の為に」
音楽でも聞きながら……なんだかポエムみたいな文章です!

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箱の底には会社名と住所だけでなく容量と価格も記載されています。
ポーラがポーラ化成工業株式会社になったのは1943年ですから
それ以降に作られた物と思われます。
どうして医薬品扱いなのかは、よく分かりません。
ポーラが軟膏の製造所として軍需工場の指定を受けていたからでしょうか。
10円という価格が高いのか安いのかですが、1943年頃の貨幣価値を現代に
換算すると1円=約2500円らしいので、10円=約25000円ということに!
これはちょっと高過ぎますね!
1946年頃だとすると1円=約400円なので、10円=約4000円になります。

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箱付きの他に、ビンだけのダルジャンも2つあります。
全て陶製です。

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左端のダルジャンはちょっと小さめですね。

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三つとも蓋はベークライトなのですが、デザインがバラバラです。
厳しい容器事情の為にデザインを統一する余裕は無かったということでしょうか。
こんなにデザインが違うのにどれもサイズ感はピッタリというのが面白いです。

ここからはポーラについて少し説明します。

創業者の鈴木努氏は静岡県生まれ。
なかなか商魂逞しい人物だったようで、大和ゴムや日本紅茶での勤務を経て、
春雨の輸入販売やラシャ紙の製造など、様々な事業に手を出していたようです。
しかしどれも上手くいかず、最終的に名古屋で創業した晒綿事業は
世界恐慌の煽りを受けて、生活は一向に良くなりません。
世間の情勢に左右されない事業を考えていた彼は、
「女性はどんな状況にあっても美しくありたいのでは?」ということに思い至ります。
化粧品事業を決意した彼が、妻の美千代さんに言い放ったとされる言葉がこれです。

「日本中の女を俺になびかせてみせるぞ!」

……自分がもし奥さんだったとしたら、
「はぁ~?アンタ何馬鹿なこと言ってんの!」と全力で突っ込む自信があります(笑)
でも、実際なびかせてみせたのですから、大したものです。
彼は早速、晒綿事業の傍ら化粧品製造についてのノウハウを学びました。
そして1929年9月、初めての製品であるクリームを完成させます。
美千代さんが行商に行き、一箱2〜3円のクリームを少しずつ売り歩きました。
2〜3円というと当時としては高価でしたが、高くても良い物は売れるはず……
というのが鈴木氏の信条だったようです。
1931年、化粧品事業に手応えを得た鈴木氏は家族を連れて故郷である静岡県に帰り、
「南光化学研究所 ポーラ化粧品」を創業しました。
ポーラの由来は諸説ありますが、鈴木氏は「声に出して感じの良い言葉を選んだ」と
後年に語っています。

さて、めでたく創業した鈴木氏ですが、最初のうちはやはり苦労したようです。
資金不足で広告を出せないため知名度は上がらず、知名度の無い製品を置いてくれる
小売店も無いため、訪問販売という販売手法をとることになります。
しかし当時、化粧品の訪問販売は珍しく、客は警戒心のため購入に至りません。
そこでセールスマン達は、客の警戒心を取り除くため数々の工夫をしました。
一箱売りではなく量り売りを基本にして少量を気軽に試せるようにしたり、
化粧品を売る以外のサービス(化粧のレッスンなど)を無償で提供したり……
その工夫のかいもあって、ポーラ化粧品は少しずつ一般に受け入れられていきます。

そして1938年、満を持して誕生したのが、ダルジャンです。
当時の乳液は脂肪分が高いせいでベタベタした使用感のものが多かったらしく、
ダルジャンは開発の際に使用感の良い乳液を作ることを目的とされました。
それからもう1つの大きな目的は、「金属的な色調」の物を作るということです。
ダルジャン(仏語で銀という意味)という名称の由来はここにあります。
「金属的な色調」が一体どういうものなのかは、文章から想像するしかありません。
社史では「名古屋時代に見た黒川の、夏の日差しを照り返すさざなみの乱反射の再現」
「乳液の中のキラキラ光る粒子」とだけ表現されています。
これだけ読むと、半端なくギラギラ輝くような乳液が想像されますが(笑)
実際は現代にもあるような、パール感のある化粧品だったのではないでしょうか。
また、乳液とありますが、ダルジャンの箱に書いてある使用方法を読む限りでは、
化粧の際に肌にツヤ感を与えるための化粧下地のような物だったことが想像できます。
それなら、箱に書いてあった「光る化粧」という言葉にも納得です!
開発には苦労したようで、液体の粘度とキラキラした質感を安定、維持するために
相当な労力を費やしたそうです。
そうして誕生したダルジャンは、社内でも大きな歓迎を持って迎えられるとともに、
客からの評判も上々、一躍主力商品の仲間入りを果たしました。
ちなみに、この当時のダルジャンの容器は、陶製の物とデザインは変わらないものの
ガラス製であったことがポーラのHPの写真で分かります。
写真が小さいので分かりませんがラベルのデザインにも違いがありそう?

順調に成長を続けるポーラですが時代の流れには逆らえず、
他の化粧品会社と同様に戦時色が濃くなるにつれて世間の風当たりが強くなります。
特に「ポーラ」は敵性語と勘違いされることが多く、販売には苦労したそうです。
1941年の時点で、製造販売の認可が得られたのはダルジャンを含めた8品目のみ。
会社を存続させる為に軟膏素材の製造を成功させ1943年には海軍の指定工場となり、
社名を「ポーラ化成工業株式会社」としました。
軍需工場となることで苦しい状況を打破したかに見えましたが、
1944年からの米軍による度重なる空襲で、ポーラは本社と工場を失ってしまいます。
失意の中、8月の終戦を迎えた鈴木氏と社員達はポーラの再建に奔走し、
1946年の6月に「ポーラ商事株式会社」として化粧品の製造販売を再開しました。
(このあたりの社名の変遷については、正直よく分かりません。wikiによれば、
ポーラ商事株式会社はあくまで販売部門の独立であって、ポーラ化成工業株式会社は
その後も存在しているようですが……)
この時、製造が再開された化粧品にはダルジャンも含まれています。
当時の化粧品容器の事情について、社史ではこうした説明がなされています。

「ガラス容器を注文しようにも製瓶会社はまだ生産を始められる状態ではなかった。
 仕方なく、焼け残った陶製の容器にクリームを詰めたりして製品にした。
 陶製の容器は、製法も原始的だったから不揃いでみてくれの悪いものであったし、
 内容物がもれるなどの問題点があったが、これに代わる容器はなかった。」

代用品は陶製の容器であったことがはっきりと書かれています。
また、「焼け残った陶製の容器」という記述から、陶製の容器は戦後だけではなく、
戦時中から使用されていたと推測できます。
私の持つ陶製のダルジャンが戦時中に作られた物なのか、1946年以降の物なのかは
ハッキリとは分かりません。

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ちなみに、ダルジャンの「キラキラ」がどんなものだったのか気になったので、
中身を確認してみましたが、既に約70年経っていると思われる中身は
劣化のためペースト状になり、キラキラも確認できませんでした、残念!

最後に少しオマケ。
1954年1月の日本粧業にポーラの特集記事がありましたので載せておきます。
創業から25年経っているにも関わらず、業界誌にこうした特集記事が載るとは!
ポーラが業界にとってどれだけ特殊な存在であったかが分かります。
ちょっと面白かったので一部だけ載せておきますね。
記事内容の気になる方は日本粧業会HPの資料館にて御覧になってみてください。

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リバストン化学 香水ビン色々 - 2017.03.12 Sun

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並べて楽しい、眺めて楽しい!
リバストン化学の香水ビン色々です。

昔に取り上げた事のあるリバストン化学の香水ビンですが(前回記事はこちら→
あれからレパートリーが増えたことに加え、今回はリバストン化学の石川惠一さんに
少しだけお話を伺うことができましたので、記事にしてまとめることにしました。
私の不躾なお願いにも快く応じて下さった石川さんには、改めて御礼申し上げます。

さて、王冠型の香水ビンといえば?
欧米では「プリンス・マチャベリ」ですが、日本では「リバストン化学」でしょう。
(私が勝手に決めました)
カラフルで楽しい形の多いミニ香水は後々ご紹介するとして、
まずは知っている方も多いと思われる王冠型の香水ビンをご紹介したいと思います。

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透明なガラスに金彩の施されたデザイン!ガラスも厚くて高級感があり、とても綺麗です。
この王冠型の香水ビンは見掛けることは多いものの、基本的に栓が無いんですよね。
「元々栓の無い香水ビンだったのでは?」なんて思ってしまうくらいでしたが、
この度は目出度く、栓のあるビンを手にすることができました。

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ガラス栓は小さいですが、丁寧な十字の飾りが施されています。
全長は約2.3cmです。
小さく軽いので、ポロッと抜けてしまっても気付かないかもしれません。
栓が無いビンが多いのはそのせいでしょうか!?

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底を見てみましょう。
エンボスは無く、ツルッとしています。

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ちなみに、栓が無いビンはなんと3つにまで増えてしまいました。
見つけるとついつい連れ帰ってしまう魅力があります。

リバストン化学の石川さんによると、これは約70年前に作られた物だそうです。
70年前というと、戦後しばらくの頃でしょうか。
石川さんは二代目で、これは先代の時代の物の為、詳細は不明とのことでした。
現在でも石川さんと交流のある当時のガラス瓶製造業者の方によれば、
このビンについて経緯は覚えていないものの、作ったことは確かだそうです。

ところで、この香水ビンは海外製と勘違いされてしまうことが多いビンです。
特に前述したプリンス・マチャベリと勘違いされる事が多いようなので、
需要があるか分かりませんが、見分ける際のポイントを適当にまとめてみました!

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左がリバストン香水、右がプリンス・マチャベリです。 ※画像は海外サイトより引用

着彩の有無/リバストンには金彩部分に鋲のような丸い装飾があり、ペイントが施されています。
      マチャベリにも同じように装飾がありますが、ペイントはありません。

十字の有無/リバストンはキャップだけでなく、本体部分にも十字の飾りがあります。
      マチャベリにはキャップ以外の場所に十字はありません。

ガラスの色/リバストンは透明と赤のみです。
      マチャベリは透明と赤に加え、グリーンやブルーなどのバリエーションがあります。
        
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続いては、何とも可愛いミニ香水ビン!
カラフルで、形も面白いものばかりです。
全長はスクリューキャップも含めて3.5〜4.5cmほど。
キャップには十字の飾りの付いたものと、クローバー型の飾りの付いたものがあります。
クローバー型のキャップにはチェーンが付いていた?と思われるリングが残されています。
おそらくキーホルダーとして販売されていたのではないでしょうか。

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私の持っている物を並べてみました。
違いがペイントの有無だけの物は省いています。

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ペイントの有無とは、こういう事です。
左は手塗りと思われるペイントが施されたもの、右はエンボスのみです。
ちょっと分かりにくいかも?
石川さんから頂いたリストによれば、ペイントの有無も含めて40種類あるようです。
全部集めるのは大変そうですね!

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このシリーズには基本的にラベルは付いておりませんが、底にはラベルがあります。
「輸入原料 リバストン香水 東京墨田 菊川1−6−5 リバストン化学 石川○一」
○部分は潰れて読めませんが、惠一さんのお名前でしょうか?
それとも先代のお名前?

この香水ビンについても、石川さんが当時のガラス瓶製造業者の方にお伺いしたところ、
「ハリスに依頼されて作ったもの」とのことでした。
ハリスとは、カネボウハリス株式会社のことと思われます。

その前身であるハリス株式会社は、チューインガムで有名な菓子メーカーの大手でした。
鐘紡百年史によると、戦後は本業の繊維産業に比べ相場変動の少ない化粧品、薬品、
食品分野への事業拡大を決定、ハリスの合併はその足掛かりとなったとあります。
合併以前からハリスにはチョコレートやガムの原料を供給、不況の際には資金援助を行い、
建て直しの為の人的資材も投入するなど、経営には深く関わっていたようです。
カネボウのこうしたバックアップもあって、ハリスは西日本市場を制圧し、
ロッテに並ぶ菓子メーカーと評されるまでに成長します。
更なる成長を目指してロッテの本拠地である東日本市場へ本格的な攻勢を掛けますが、
危機感を持ったロッテは大掛かりなキャンペーンを敢行、巧みな経営戦略によりハリスを
退けてしまいました。この頃から経営方針に対する見解の相違によりハリス経営陣は対立。
一部経営陣が独断でポップコーン事業に手を出して失敗するなど混乱が続きます。
この混乱を収束するため、ハリスの重役がカネボウに経営譲渡の相談を持ちかけます。
そして1964年4月、正式にカネボウに合併され、カネボウハリス株式会社が誕生しました。

「カネボウハリスガム」で画像検索すると当時のガムの広告を見ることができます。
その多くが景品付きで、景品はトランシーバーだったり、テープレコーダーだったり、
ハンカチだったり……と多種多様です。
前置きが長くなってしまいましたが、この景品の1つに「プチ香水」がありました。
つまり、リバストン化学で使用されていた香水ビンは、この景品と同一の物なのです!
1965年当時の広告を、とことこコロンさんがお持ちでしたので、画像を拝借いたしました。

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どうでしょうか?ラベルの有無やペイント、キャップの形に多少の差異があるものの、
同じ香水ビンであると考えてほぼ間違いないと思います。

リバストン化学とカネボウが、こうした形で繋がっていたという事は驚きでした!
記事の初めに紹介した王冠型の香水ビンも、カネボウの為に作られたものではないか?
という説がありますが、その可能性が高いような気がしてきました。
ちなみに、デザインはガラス瓶製造業者の方によるものだそうです。
石川さんから頂いた香水ビンのリストには広告に載っていないデザインもあり、
ハリスガムにビンを提供後もデザインを増やし続けたのでは?と推察できます。

株式会社ダイナー本舗 薬用ダイナークリーム - 2017.02.04 Sat



優勝カップ型の化粧品のビンといえば、これですよね!
株式会社ダイナー本舗の薬用ダイナークリームです。

日本のビンや化粧品のコレクターであるなら、一度は見たことがあると思います。
印象に残る奇抜なデザイン、人気がありますよね。
知名度の高さの割に、詳細が不明な化粧品の1つと言えるのではないでしょうか。

これは調べたら面白いぞ!と本腰入れて調べ始めたのが、確か去年の6月頃のこと。
ネットでは全く情報無し、東京大学画像アーカイブスはリンク切れを起こしたままですし、
化粧品商報から地道に情報を収集していきました。
その途中、色々寄り道をしてしまった為に暫くダイナーのことは放置。
しかし最近、久々に資料に目を通してみると結構書けることがあることに気付きました!
という訳で、興味のある方はお付き合いください。





箱の高さは約8cm、ビンの高さは蓋のツマミを入れて約7.5cmです。

追記:これはガラスの色が完全な黒ですが、取手に丸い穴のある初期型ビンに関しては
濃いコバルトブルーであるという情報があります。(初期型ビンの詳細は後述)
ダイナーはガラスの色に関しても年代の判断材料になるかもしれません。



底にはっきり「ダイナー」とエンボスがあります!



写真は色褪せ気味ですが…箱は鮮やかな橙色にブルーの帯がデザインされています。



内蓋には徳用瓶が載っています。
徳用瓶は流石に優勝カップ型ではないようです(笑)
「約三ヶ月以上の使用量」とあります。



箱の底を見てみると、95銭という価格とマル公マークが記載されています。
箱やビンのデザイン、価格から、これは1940年8月14日月以降に発売された
製品なのではと推測できます。(デザイン、価格の変遷は後述します)



説明書があるので読んでみました。
リパーゼとトリプターゼが配合されていることをウリにしているようです。
脂肪分解作用を持つリパーゼは脂性ニキビに、メラニンを分解する作用のある
トリプターゼは色黒に効く、と謳われています。
調べてみたところ、リパーゼは確かに脂肪分解作用があるようですが、
トリプターゼは、光老化を促進する悪者というのが現在の一般的な解釈のようです。
本当にトリプターゼが入っていたとしたら……当時の愛用者の肌がちょっと心配!



成分表?のようなものもありました。
こうやって表にされると、なんだかよく分からないけど化学的でかっこいい!
効きそう!と思ってしまいますね(笑)


ダイナー本舗は、1935年7月27日、京橋区築地で飯島歳雄氏により設立されました。
そして1935年11月1日に、ニキビ、ソバカス、美白、若返りに効果のある
薬用ダイナークリームを80銭で発売、派手な宣伝のかいもあり好調なスタートを切ります。

創立者の飯島歳雄氏は1889年長野県飯田町生まれ。
ダイナー創立前はアモンパパヤの支配人を務めていた人物です。
業界で鍛えた経営手腕で順調に業績を挙げ、1935年12月23日には事務所を移転、
店舗を拡大しました。更にその2日後の25日には組織を株式会社とし、
名称を「株式会社ダイナー美粧料本舗」と改め、社長には小田美穂氏が就任します。
飯島氏が社長になると思いきや?違うんですね〜。
ここでいきなり登場する小田美穂氏ですが、元々この人物は医学博士で、
ダイナーを研究開発したご本人です。
小田氏が社長なら、飯島氏は?と思ったら、支配人になっています。
アモンパパヤの時も支配人ですから、この人物は支配人という役職が好きなようです。
社長と支配人って、どちらの権限が強いんでしょうか?
力関係がいまいち分かりませんが、広告に出てくるのは小田氏の名前ばかりですので、
外面的には小田氏の影響力のほうが強そうです。
飯田氏はあくまでマネージャーのような存在だったのかもしれません。

1936年4月1日には1円50銭の「薬用ダイナークリーム徳用瓶」、
1937年3月18日には3円の「ダイナー麗美」(なんとラジウム入りクリーム!)、
1938年1月には50銭の「ダイナーミックス」(これまたラジウム入りの化粧水!)と、
毎年のように新製品を発表していきます。
戦争の影が色濃くなると、原料の高騰を理由にした値上げが2回ありますが、
趣向を凝らした広告からは会社の活気が見てとれます。1942年には、
ダイナーミックスの製造のため、工場を増設するという記事も見受けられますので、
概ね良好な経営状態だったのではないでしょうか。
1943年〜1945年3月の商報は公開されておらず(3月10日以降は東京大空襲により休刊)
この間の動向を知ることはできません。
ただし、1943年1月発行の化粧品年鑑は閲覧できるのでチェックしてみると、
ダイナーの広告が確認できます。

戦後のダイナーは、工場が焼け残ったため、早々と営業を再開しました。
1945年11月15日に復刊した日本粧業(1944年に商報の名称変更)では、
化粧品会社の空襲被害や人物の安否を報じていますが、ダイナーについて
「小田美穂氏は私邸も工場も無事」「倉庫が助かったのだから鬼に金棒である」
「香料を焼かれなかったのは何よりの強味」と楽観的に評価しています。
戦後すぐの日本粧業でダイナーは盛んに広告を出しているので、
戦争によるダメージは少なかったのは確かなようです。
この頃のダイナーの広告を見ると、ダイナークリーム、ダイナーミックス、
ダイナー麗美など看板商品はもちろん、香油や口紅まで取り扱っています。
物資不足で作れば売れる時代、勢いに乗って新製品を次々作り出したのでしょうか。
戦前の広告には見られなかったダイナーミートという乳液も広告に載っています。

1947年11月、ダイナーの医薬品化粧品の販売会社として「ダイナー商事株式会社」
が設立されます。小会社みたいなもの?
1948年1月には新製品ダイナー・パイル(ポマード)を発売。
この頃から、ダイナー麗美がダイナークリームを超える人気商品となり、
広告でもダイナー麗美の文字を多く見るようになります。
その年の12月、ダイナーは突然、会社を「発展的に解消」し、
新たに「大南興業株式会社」を設立しました。
化粧品事業はそのまま引き継ぐものの、経営体制は一新されたようです。
「社長である小田美穂氏の独裁から合理的体制に転換」とあり、常務取締役、取締役、
営業部長などという役職が新たに追加されています。
大南興業株式会社に組織変更後は、ダイナークリームを新製品として
宣伝する広告が見受けられますが、1949年4月の広告を最後に情報は途絶えました。
業績が悪かったようには見受けられないので、業界を鞍替えしたのかな?
なんて思いますが、本当のところは分かりません。

ところで、ダイナーという独特な商品名については結局何も分かりませんでしたが、
もしかして「ダイナー=大南(だいなん)」なんでしょうか?
まぁ、例えそうだとしても、何故「大南」なのかは謎のままなのですが……(笑)


ここからはビンの変遷を辿っていきます。



発売当初、1935年11月の広告に載っている写真です。足が長いですね!
取手部分に丸い穴が空いていて、蓋の縁には花柄の装飾(シール?)、ツマミは丸いです。
更に箱には化学式ではなく五線譜がデザインされており、私の持つものとは明らかに違います。
このタイプではガラスが濃いコバルトブルーをしているとの情報もあり、
それも初期型の特徴かもしれません。
この時のほうがハッピーなデザインですね〜実物が見てみたいです。



1937年7月の広告に載っているイラストです。
これが実際のデザインに忠実に描かれているとすれば、かなり私の持つものに似ています。
ただし、広告に記載された価格は80銭なので、時期が違います。



1938年7月の広告に載っている外箱の写真です。
この箱の形状から察するに、中にあるのはごく一般的な形のクリームビンだと思われます。
当時、優勝カップ型とクリームビン型の二種類があったということが分かります。



1940年11月の広告に載っている写真です。
表記されている価格は95銭です。
初期型に比べ、ポッテリとしていて私が持っているものと殆ど変わりないように見えます。
価格が90銭から95銭に改訂された1940年8月14日以降に発売された物なのは
間違いないと思われます。(80銭から90銭に値上げされたのは1938年4月1日)
初期に比べてこれだけ形が変わると、容量も変わっているのでは?と思うのが
当然ですが、ダイナークリームの広告や記事には容量の表記が一切無く、
その疑問を確かめる術はありませんでした。



1943年1月の化粧品年鑑の広告に載っている写真です。
一般的なクリームビン型ですね。
優勝カップ型がこの頃にも製造されていたかどうかは分かりません。
ビンの規格単純化が進められた時代なので、このデザインに一本化した可能性は大いにあります。
時代の空気の中で、あの独特なビン型を保ち続けるというのは現実的に難しい気がします。

情報の整理のため、年表にします。

1935年7月27日 飯島歳雄氏がダイナーを設立
1935年11月1日 薬用ダイナークリーム(定価80銭)を発売
1935年12月25日 株式会社ダイナー美粧料本舗を組織する(社長:小田美穂)
1936年4月1日 薬用ダイナークリーム徳用瓶(定価1円50銭)を発売
1937年3月18日 ダイナー麗美(定価3円)を発売
1938年1月?日 ダイナーミックス(定価50銭)を発売
1938年4月1日 ダイナークリームが80銭から90銭に値上げ
1940年8月14日 ダイナークリームが90銭から95銭に値上げ
1945年3月10日 東京大空襲。罹災は免れる。
1945年11月?日 香油と口紅を発売?(詳細不明)
1947年11月?日 ダイナー商事株式会社が設立
1948年1月?日 ダイナー・パイル(定価60円)を発売
1948年11月?日 組織変更し大南興業株式会社を設立
1949年1月?日 ダイナークリームを新製品として発売?(詳細不明)

大体の年代の特定が出来る程度には調べがついたので嬉しいのですが、
戦後のダイナークリームがどんな形のビンだったのか?
大南興業株式会社がその後どうなったのか?
気になる事はまだまだ沢山です。

久しぶりなのでコツコツ集めてきた香水ビンをまとめて見せようと思う。 - 2016.09.18 Sun



ご無沙汰しております!
最後に更新したのがいつなのかも記憶が曖昧です。
前記事を確認してみたところ、なんと更新は5月21日!
夏は一回も更新しなかったわけですね〜なんて酷いブログなんだろう(笑)
もうこのブログはこのまま死んでしまうのではないか…と思った方も多いでしょうが、
(自分でも思った)本日をもって、めでたく復活いたします!

この間、何にもしてなかったワケじゃないんです。
収集に励みつつ、びん博士のお手伝いをしたり、インスタグラムを更新したり、
ネット上でお付き合いしていた趣味のお友達と初めてお会いしたり、
次の記事に向けて調べものも進めていました。
しかしながら、次の記事に向けての調べものが思うように進まない中、
プライベートでも色々な問題の解決に追われることに……
人生に踏ん張りどころってあると思いますが、今がその時のひとつなんですかね。

ちょっと話が逸れました!本題に戻ります。
今調べているものは、記事にできる内容になるまでもう少しお待ち頂くとして、
今回は私がコツコツ集めている小さくて素朴な香水ビンを紹介したいと思います。
華やかなものばかりではありませんが、香水ビンの夢のあるデザインは
眺めていると幸せな気持ちにさせてくれますよ。



1つ目はこちら。全長6cmほどの可愛い香水ビンです。
ガラス栓の「ガラスの塊」感がとても良い!
メーカーは不明ですが、ラベルの西洋婦人の横顔の下には「Bijin」と書かれています。
そのまま「美人」という意味なのか?それとも外国の言葉なのか?分かりません。
首には「WHITE ROSE」と書かれたラベルが巻かれています。



こちらは全長8.5cm、とてもロマンチックなデザインです。
自分の持っている物の他にも何度か見掛けた事があるので、
それなりに流通しているようですが、詳細は分かりません。
ゴールドのラベルには「FREE FROM ALCOHOL」とあります。
そのまま「アルコール使ってません」という意味でしょうかね〜
ラベルの下部には「SUMITO MADE IN JAPAN」とあり、日本のものであることは
間違い無さそうですが……「スミト」ってなんだろう?



続いてはこちら。全長は約8cmです。
色褪せたリボンがとても良い感じ!しっかりと巻かれているのを見る限り、
未開封かな?と思いますが、ガラス栓には4箇所の溝があります。
ここにはガラス栓を固定するための糸(正式名称が分からん 笑)を
這わせていたと想像できますが、それが無いからやっぱり開封済み?
ところで、このラベルデザイン、何だかどこかで見た事あるなぁ〜と思ったら……
昔に取り上げたロジェ・ガレのフルール・ド・アムールにクリソツ(死語)でした。
その時の記事がこちら
ラベルには「KATCHO」とありますが、おそらく課長……
じゃなくて「花蝶」だと思われます。
明らかにフルール・ド・アムールを意識している香水なので、
同じ時期に販売されていたのではないでしょうか。



高級感ありますね〜!久邇(くに)香水です。
リボンや金糸の状態を見るに、それほど古いものではないと思います。
発売元の久邇香水本舗については語りたいことが多いのですが、
簡単に説明すると皇族の久邇宮朝融王(くにのみやあさあきらおう)が戦後の
皇籍離脱後(久邇を姓とし「久邇朝融」と名乗る)に興した異色の香水会社です。

ガラス栓にプリントされているのは、久邇宮家の御紋だそうです。
底のラベルには「製造元:久邇香水本舗」、「発売元:久邇コーポレーション」
とあり、発売元の住所は東京都新宿区となっています。
現在でも久邇香水は製造販売されていますが、そのHPを見ると発売元は
「久邇コーポレーション・ルリ」となっており、住所は福岡県でした。
ちなみに久邇朝融は皇族時代からトラブルメーカーで、破天荒な人物として有名です。
皇籍離脱後は香水の他にも様々な事業に手を出しますが悉く失敗。
失意のうちに亡くなっています。
そんな背景がありながら久邇香水が今日まで生き残っているというのは驚きです。



丸いガラス栓が可愛い!髙島屋?の香水ビンです。
ラベルを確認してみると赤い○の中に髙の字があることが分かります。
だから私はこれを単純に髙島屋のものと思っているのですが、真相はいかに?





可愛いというよりカッコイイ香水ビン。
ガラス栓がとても凝っています。モチーフはワシでしょうか?
日本のものではないような気がします。
ラベルの文字はうっすら「OSTA」と読めますが、検索しても意味は分からず。
情報募集中です。



ガラス栓の丸い部分が異常に大きい(笑)パピリオのパピリオ・ドオルです。
シンプルだけども思い切ったデザインは「らしさ」に溢れています。
パピリオの香水ビンはそれなりに流通しているものの、このタイプは見掛けません。
1970年代頃のものかな?調べるのはまた今度……



小さく可愛らしい香水ビンです。
首に巻かれているラベルには「ROSE VIOLET」とあります。
正面のラベルには帆船のイラストの下に大きくFとMを組み合わせたブランドロゴ?
があり、更にその下には小さく「THE FAMES PERFUMERY.CO」と書かれています。
ハッキリと会社名が載っているにも関わらず、検索しても何も分かりませんでした。
おそらく海外のものと思われます。



金扇香水という、めでたい感じの香水です。
ラベルには扇と鶴のイラストがあります。
金扇という商品名からして、金鶴香水を意識しているのは明らかだと思います。
ガラス栓はお花をイメージした形でしょうか?
どうせなら金扇に絡めた形にすれば良いのにとも思いますが、可愛いからまぁ良いか!
ラベルに変な落書きがあったのでフォトショで少し消してみました。
仕事だと頑張れるんだけど、これは途中で面倒くさくなって断念(笑)
中途半端に残っちゃってゴメンナサイ!



日の出香水とスワン香水です。
この2つ、全く関係の無い香水と思っていたのですが、並べて比べてみたら
日の出とスワン以外の部分のデザインはそっくり!(スワンは撫で肩なビンだけど)
下部の表記の「POUL LE Mouchol」も全く同じでした。
「日の出」と名の付くからには日本のものと思うのですが、詳細は分かりません。





今回、ご紹介するのはこちらで最後となります。
ラベルに赤い字で「Mikasa」と書かれているので、ミカサ香水でしょうか。
ガラス栓のデザインが如何にも日本的でとても気に入っています。
自立できないタイプです。おそらく持ち運び用でしょう。
香水ビンにおいて、ガラス栓のデザインってとっても重要だと思います。
これが普通の形をした普通のガラス栓だったら?
全く違った印象になることでしょうね。

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プロフィール

黒猫チャック

Author:黒猫チャック
香水瓶収集からはじまり、日本の化粧品デザインに辿り着きました。特にビンが大好き!ラベルが残ってたら最高です。
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